天空のジオフ

     ロ

The Floating   ン

GEOFRONT  ト

 


Written by 緋 阿風樹


Act-01 第壱日目 The First Day

 

Scene-01 海賊艇ネルフ号

深夜。

見張りから連絡が入る。

目標発見。

直ちに警報が響く船内。

総乗組員、あわただしく準備に入る。

船首タラップに一つの影が現れる。

手すり越しに、眼下を見下ろす。

「うふふふふ・・・・・」

確かに、それらしい船影を認める。

「作戦開始。所持者保護を最優先!」

声高らかに宣言。

「フラップター用意。零号機から弐号機まで、船尾射出口へ!」

計四名、三機のフラップターに分乗して船尾より出撃。

かすかな羽音を夜空に響かせ、滑るように宙を舞う。

 

Scene-02 遊覧艇オーバー・ザ・レインボー

三〇三號室。

眼鏡の男が入ってくる。

割と広い客室の中には今、二人しかいない。

もう一人は、無表情に外の景色を眺めている。

誰にともなくつぶやく。

おそらく、独り言。

「空。どこまでも続くもの。私はここにいる。なぜ?」

男が近づく。

手には軽食を載せた皿が一枚。

「レイ」

呼びかけて差し出すが、座ったまま。

見向きもしない。

皿を持ったまま振り返り、自分の椅子へ戻る。

「雲。いくつも浮かぶもの。なのに私は独り。なぜ?」

窓の向こう。

雲間に影がいくつか、ちらつくのを見る。

相変わらず無表情で。

「影。光とともにあるもの。私を照らすのは、だれ?」

 

Scene-03 計画、発動

同船付近。

雲に乗じて、目標に接近。

ぎりぎりまで潜行。

その後二派に別れて襲撃。

一機は操縦席を襲い、残りは上部の監視用ハッチを襲う。

合流して、一気にハッチから遊覧艇に侵入。

とにかく船内を混乱させる。

それに乗じて目標に接触。

以上が、本作戦の内容。

これがまんまと成功。

船員の抵抗むなしく、船内への侵入を許してしまう。

手持ちのハンドバズーカを打ち鳴らし、ロビーに。

マスタードボムが炸裂。

船内は揺れ、男女の悲鳴が木霊する。

黒服の男たち、事前に危機を察知し、客室へ戻る。

 

Scene-04 夜空の中心で哀を叫ぶもの

黒服たちは男に簡潔に報告し、再びロビーへ。

海賊の接近を告げるかのように、騒動は一段と過激化。

間違いなく、こちらに向かっている。

男はアタッシェに仕込んだ通信端末を操作。連絡を図る。

拳銃の音。殴りあいの鈍い音。破裂音。

室外は混乱の極み。

自分への注意がそれたことを認識するレイ。

転がっている酒瓶を衝動的につかむ。

男にそろりと接近。

通信に夢中で気づかない。

一歩。近くで炸裂音が響き渡る。

二歩。拳銃の音が全て止む。

瓶を振りかぶり、目標の頭上へ叩きつける。

声も上がらない。

足元に倒れ込む。

沈黙の室内。

室外では侵入者たちの話し声。

「間違いないわ、ここよ。とっとと開けなさい!」

扉の外で、何かを叩きつける音。

ちなみに体当たりで、扉を叩き壊している。

一瞬ためらうも、決心して窓枠につかまる。

隣の部屋へと脱出するため。

遅れて、扉が砕け散る。

たたらを踏んで踊り込む侵入者。

意外にも室内は無人。

ただし男が一人、倒れている。

おかしい。

情報によればもう一人、女の子がいるはず。

持ち主その人はどうでもよいが、ここにいないのはどうしてか。

廊下に出られるはずはない。

部屋に隠れた形跡も、ない。

ふと、頬に風を感じる。

窓が開けっ放し。

カーテンがばたばたとはためいている。

もう一人の居場所を推理。

最悪の推論が導かれる。

「まさか・・・」

予想外の展開に戸惑う三人を置き去りに、独り窓にかじりつく。

推理の正しさを実証し、慌てる。

「危ないわよ!戻ってらっしゃい!」

声を無視して隣室を目指す。

高度は約千メートル。

支えるのは銅の窓枠のみ。

風が吹き、足元もおぼつかない。

三人を隣室へ急がせる一方、慌てて説得を続けるミサト。

「それ以上動くと危ないわ!落ちたらどうするの!」

レイの動きは止まらない。この状況にもかかわらず、なぜか焦りの色さえない。

「あれは・・・」

思わず視線が吸い寄せられる。

興奮の中で見た物。

少女の胸元。

ペンダントの先に下がる宝珠。

今宵の目標。

血の色のように赤い石。

それは、見る者を魅了して止まない。

持ち主の瞳と、調和の取れた美しさを醸し出す。

神秘的な光景に、しばし見とれる。

ところが、一つの絶叫がそれを破る。

ついに少女が、我と我が身を支えかねた瞬間。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」

あまりに大きな失態。

手元にまで来ながら失うとは。

「しまった!光球が・・・・・」

 

Scene-05 同刻、食堂 Horaki

鉱山の町として栄えた第三新東京市。

斜陽の今も、眠らない町として機能する。

特にこの食堂はそう。

今夜も慌ただしく、あの常連客が訪れる。

少年が一人。

大きな弁当箱を差し出し、店の娘と話を始める。

「洞木さん、肉団子二つ入れてくれない?」

「あら、シンジ君こんばんわ。珍しいじゃない、残業?」

「うん、今日は久しぶりに忙しいんだ」

大人のするような内容だけに、話し手の子どもらしさがより際立つ。

「はい、どうぞ。今日も多めに入れたから」

「ありがとう、洞木さん。じゃぁ僕、急ぐから」

「どういたしまして。あ、アスカちゃんによろしくね」

「うん」

大急ぎで仕事場へ舞い戻る。

 

Scene-06 帰路にて

何気なく空を見上げる。

少し雲がかかっているが、満天の星の海。

無意識のうちに、眼前の空を見渡す。

自分だけの秘密。

今は亡き、父の星と母の星。

いつものように星を確認し、ほっと一息つく。

だが今日はそれだけではない。

母の星がちらついて見える。

まさか、流れ星?

母さんの星がなくなっちゃうなんて。

よく見ると、上空から、何か光るものが降りてくる。

しかもその先は、自分の仕事場。

思わず駆け出す。

 

Scene-07 天使、降臨

とある鉱山。

もちろん今でも操業しており、シンジはここで働く。

病で母を、事故で父を失った彼を引き取ってくれた人物の下。

親方。

親しみと敬意とを込め、そう彼を呼ぶ。

親方の鉱山の手伝いを始めて、もう三年になる。

先ほどの光は確実に、ここに向かって降りている。

仕事場へ向かうシンジが見るのは、竪坑へと降りて行く赤い光。

坑の縁なら、受け止められるだろう。

そう結論づけて、坑の縁へと急ぐ。

何とか間に合い、両手をそうっと差し出す。

まるで触れれば壊れそうな、そんな気がする。

両手に収まる。

光に包まれて、女の子が横たわっている。

どうした訳か、光に遮られて直接触れることができない。

しかも、相応の重みを全く感じない。

それに気づかず、ただ幻想的な美しさに見とれる。

赤い光に包まれた全身。

おそらくシンジと同年代。

この辺りでは見ない造作の顔。

蒼い髪に、白い肌。

紅い目が印象的な女の子。

まるで物語の中の天使のよう。

ずっと見ていられたら。

そう思いさえする。

ところが、事態は急変する。

両手で抱きかかえる格好になるや、光がどんどんと失われる。

元の暗さに戻るなり、そっと腕の中に納まる。

そして、女の子本来の重さが急激に蘇る。

いくら鉱山の手伝いで鍛えていても、同等の体格を支えるのは容易ではない。

思わずうめき声。

「くっ・・・・・」

何とか支えきり、安全な地面に少女を横たえる。

「ふぅ・・・・・」

死んでいるかのように初めは思えたが、かすかに胸が上下するのが分かる。

気を失っているらしい。

「・・・・・・・」

すっかり女の子に魅入っている。無理もない。

そんな静けさを打ち破る大音声。

「シンジィ!そこで何してるんだ!メシはどうした!」

決して怒っているわけではないようだ。

それでも、坑の中で声を出すのから嫌でも響く。

どちらにしても、彼には同じこと。

突然の大声に驚いて、何を言うべきか考えもつかない。

「お・親方ぁ」

とにかく報告しなければ。そう思って言葉を紡ぐ。

信用してもらえるか内心疑問だったが、他に言いようがない。

「そ・空から女の子が・・・・」

開き直りの一言だが、最後まで言えない。

ちょうど坑の中で、昇降機が蒸気を吹き上げたから。

親方には全く聞こえていない。

正確には、それどころではない。

このところ、昇降機の調子がどうも悪い。

今まで何十年、だましだまし使ってきたが、そろそろ寿命か。

そうは言っても今動かなければ、下で作業中の者が戻れなくなる。

「くそっ、ボロエンジンめ」

思わず悪態が、口を衝いて出る。

一方、シンジも夢中。

「親方ぁ、空から女の子・・・・」

もっとも、同じ結果だが。

もう一度、と思ったその時。

「弐番のバルブを、締めろぉ!」

こうなっては仕方ない。取りあえず女の子の安全を確認して、親方と合流する。

大きなスパナでバルブを締めると、取りあえず蒸気は収まる。

「あちちち。シンジ、レンチ寄越せ」

「はい」

親方は、まだ機械と格闘中。

唐突に、鐘が鳴る。

下の連中が戻ってくる時間を示す。

「手が離せねぇ。シンジやれ」

「え?」

昇降機を触らせてくれることだけはなかった。

今までは整備だけ。

一度動かしてみたかった。

その機会が偶然巡る。

「落ち着いてやれば、できる」

「はい!」

嬉しそうに返事し、レバーに取りつく。

見よう見まねで、レバーを回す。

地の底から大きな音が近づいてくる。

親方はそれを聞き、危険を察知。

速すぎる。

「ブレーキ!」

はっとレバーを戻すシンジ。

このタイミングの難しさが、そもそもの原因。

上手くいって当たり前。

一歩間違えれば大惨事。

ならばその責任を、この子に負わせたくはない。

実は親方なりの優しさの現れ。

昇降機の扉が開き、数人の男が出てくる。

「どうだい」

「だめでさぁ。金どころか錫さえねぇ」

「掘るだけ無駄か・・・」

「東のほうへ掘ったほうがいいんじゃないか?」

「あっちは昔の坑だらけだよ」

「やり直すしかねぇですね」

「ああ。上がってくれ」

残念そうに、そうつぶやく。

奥へと消える男たち。

もし本当に何も出てこないなら、みんなの仕事がなくなる。

誰もが、それを知っている。

だから、何も言えない。

「ボイラーの火を落とせ。残業は無しだ」

「え・・」

「まったく、この不景気じゃ干上がっちまう」

作業の終了を言い渡し、先に帰って行く。

結局大事なことを言い出せないまま、仕事場の片づけを始める。

今夜の残業手当に期待していたのに。

あの部品をまかなう費用にしたかったな。

そう思いながらも、独り黙々と片づける。

 

Scene-08 夜空

夜空をはばたく一機のフラップター。

先ほどの海賊の一人が駆る。

何かを探している様子。

やがて諦めるかのように、ネルフ号へと帰還。

「駄目ですミサトさん。真っ暗で、目視不能です」

「日向君、ちゃんと探したんでしょうね!」

「もちろんですとも」

「仕方ない。明るくなってから出直しね」

 

Act-02 第弐日目 The Second Day

 

Scene-01 朝、第三新東京市

町の朝は早い。

地下での仕事ゆえ本来、昼も夜もない。

ある谷間の一軒家。

かつては親子が暮らした場所。

現在は独りしかいない。

日が射し込み、霧もまだ晴れやらぬ今、寝床から這い出す者がそれ。

「うーん」

伸びをして凝りをほぐす。

寝る前のことを思い出す。

つい数時間前、女の子を背負って家まで歩いて帰っている。

その子をベッドに寝かせて、自分は床に毛布を敷いて眠った。

体中が強張って仕方ない。

が、不快ではない。

昨日の出来事が夢でない証拠だから。

寝台を覗き込む。

昨日と同じ、安らかな寝顔が見える。

安心して、朝の用意に取りかかる。

やかんを火にかけ、湯を沸かす。

その間に、同居人を起こしにいく。

隣の部屋に小屋があり、そこでまだ眠っている。

かつて父が旅先から持ち帰ってきた一羽のペンギン。

その相手をするのが、日課の一つ。

部屋の中でよちよちと、朝の散歩。

それを横目に、自分は愛用のチェロを弾く。

我流の上、他人に聞かせたことがないので、自分の腕前を知らない。

実はかなり上手い。

軽やかな調べが辺りに響く。

 

Scene-02 見知らぬ、天井

落ちて行く。

真っ暗な闇の中を。

ただ、まっ逆さまに落ちて行く。

どこまでも。

何も見えない。

何も聞こえない。

これは夢なの、それとも現実なの?

あれからどれだけ経ったの?

私は生きているの、それとも死んでしまったの?

相変わらず、何も見えない。

何も聞こえない。

いや、何か聞こえてくる・・・。

「ん・・・・」

自分の声が漏れる。

聞こえる?

私は生きている?

閉じられた瞼が少しずつ開く。

よかった、やっぱり生きてる。

まずはそれを確認して安心する。

嫌な夢見ちゃったな。

あ・あれ?

ここは・・・どこ・・・?

飛行船の中ではない。

知らない部屋。

知らない天井。

うまく口が動かない。

まだショックから完全には立ち直っていない。

清潔そうなシーツ。こざっぱりした調度。

持ち主の性格をあらわすかのように。

かたかたかた・・・。

やかんが鳴り出す。

さっきまで誰かいた・・・?

何か楽器の音がする。

そう言えば、さっき何か聞こえていた。

隣の部屋から聞こえる。

どんな人だろう。

自然と身構え、警戒する。

さっきの人たちの仲間だったらどうしよう。

でも、私を助けてくれた。

とにかくお礼を言わないと。

ドアノブに手をかける。

がちゃ。

 

Scene-03 隣室での邂逅

「!!」

驚くのも無理はない。

人に会うつもりが、いきなりペンギンと鉢合わせしたのだから。

しかもペンギンなど見たこともない。

な・なに?

チェロの音色が止まる。

部屋の奥、窓の側に誰かが座っている。

楽器の音は、この人の・・・。

「ごめん、起こしちゃったね」

申し訳なさそうに謝る相手。

顔だけ見ると、女の子にも見える。

身なりは、男の子のそれだが。

この人が・・・・。

「おはよう、気分はどう?」

まだうまく言葉が出ない。

「・・・・」

顔色から大丈夫と判断したのか。

相手が話しだす。

「僕はシンジ。碇シンジ。この小屋で一人暮らしをしてるんだ」

いかり・・・しんじ・・・・。

「ほらペンペン、戻っておいで」

ぺんぺん・・・?

ああ、この子のことね。

「こいつは温泉ペンギンのペンペン。もう一人の同居人なんだ」

言葉が分かるのか、男の子の方へ戻って行くペンギン。

自分で小屋の扉を開け、中へと入って行く。

器用ね。

思わず笑みがこぼれる。

その笑顔に、相手もまた嬉しそうになる。

「安心した。どうやら人間みたいだ」

え・・・?

「さっきまで、ひょっとすると天使じゃないかって心配してたんだ」

天使・・・・私が・・・?

ふと顔を上げると、きれいな微笑みが見える。

私の言葉を待っているのかしら。

何か話さないと・・・。

「わ・私は・・・」

よかった、言葉が出た。

「レイ。綾波・・・レイ。助けてくれて、ありがとう」

ありがとう・・・感謝の言葉・・・。

「綾波・・・。いい名前だね」

「いい名前・・・。分からない」

唐突に、碇君が切り出す。

「驚いちゃったよ。空から降りてくるんだもの」

やはり夢ではなかった・・・・。

でも・・・。

「私、どうして助かったの?」

思わず口を衝いて出る。

「飛行船から落ちたのに」

「覚えてないの・・・?」

軽く首を振る。

「そっか・・・」

別に困った様子はない。

実際、シンジには心当たりがあった。

あの時輝いていた不思議な石。

今もレイの胸元に下がっている。

ふいに好奇心が芽生える。

「ねぇ、それちょっと見せてくれる?」

「これ?」

「うん」

首からはずして手のひらへ。

シンジの目の前に差し出す。

「私の家に、古くから伝わる物なの」

「きれいな石だね」

鮮やかなルビーにも見える。

木の根のような模様で、縁取られている。

まるで血管のように。

「ちょっと」

持っていたチェロを渡す。

自分の首にペンダントをつけようとする。

別に盗って行くつもりでもなさそう。

それにこの石は・・・。

つけ方が分からないみたいなので、手伝う。

シンジの胸元に、ペンダントが収まる。

すると。

いきなり梯子をよじ登り、屋根へと向かう。

何をするつもりかしら・・・。

上から声。

「見ててね」

まさか・・・。

何故そんなことするの・・・?

予想通り、屋根から飛び降りる。

派手な音がして、シンジの姿が消える。

「あっ、碇君!」

慌てて姿を探す。

窓の下。

地面に当たるここは、煉瓦で覆われている。

その真ん中に、大きな穴が開いている。

おそらく地下室まで落ちたのだろう。

大変。

穴に駆け寄り、下を覗く。

やはり、いた。

「い・痛たた」

よかった。大丈夫そう。

でも煉瓦に埋まっていて、抜け出るのに苦労している。

助けなきゃ。

自分も穴へ降りて行く。

飛び出た煉瓦を足がかりに。

そう思いきや。

 

Scene-04 地下での談笑

「い・いかりくん・・・。わっ・・・。きゃぁ!」

足がかりが崩れて落下。

それを見て急いで抜け出るシンジ。

レイの真下へ急ぐ。

どさっ。

レイには問題ない。

と言うことで、シンジは。

下敷きになっている。

「碇君、しっかり」

すっかり自分が悪いと思っている。

シンジを抱き起こして様子を見る。

「う・うん」

意識はあるし、大したことはなさそう。

「だ・大丈夫。それより綾波は?」

「平気。ごめん、痛かった?」

「ううん。僕の頭は親方の拳骨より硬いから」

おどけた顔で返す。

それがおかしくて。

こうやって人と話すのが久しぶりで。

笑いがこぼれる。

「くすくすくす・・」

「あっははははは・・・・」

二人の笑い声が地下室に木霊する。

ひとしきり笑い合うと、すっかり警戒心が失せている。

「あっそうだ。ポットかけっぱなしだった。お腹減ってるだろ?ご飯にしよう」

そう言われて初めて、このところ何も食べていないことに気づく。

「あそこで顔洗えるよ。タオルもあるから」

部屋の隅を指し、そう言い残して上へと駆け戻る。

「ありがとう」

一人、あたりを見回す。

物置らしき地下室。

いろんな物が置いてある。

何かの骨組み。

壁にかかった一枚の写真。

何かしら・・・?

壁に近寄って眺める。

大きな球体が、空に浮いている。

球体の上の方は、何かの建物で覆われている。

ピントがボケている上、雲に邪魔されているが、かろうじてそれだけは分かる。

撮影者のサインがある。

碇・・・ゲ・ン・ド・ウ・・・。

 

Scene-05 誇りと、辛さと

湯気を吹いていたやかんを火からおろす。

まずはカップとティーポットをお湯で蒸らそう。

その間に目玉焼きを作る。

油のはぜる音が心地よい。

お茶の用意もできたし、そろそろ声をかけようか。

それにしてもどうしたのだろう?

「あやなみー」

返事がない。

「綾波、まだ?」

地下室に降りてみると、写真の前でたたずむレイが目に入る。

「それ、父さんが飛行船から撮った写真なんだ」

冒険家の父は、少年の誇り。

「ジオフロント、って言う空に浮かぶ島なんだ」

「空に浮いている島?」

「うん。伝説って言われてたけど、僕の父さんが見たんだ」

傍に合った本を手に取り、レイに示す。

「これは、父さんの書いた想像図」

写真では分からない細部を、想像して描いた図。

いくつも描かれている。

「今はもう誰も住んでいない宮殿に、たくさんの財宝が眠っているんだって」

明るい調子で紹介する。

嬉しそうな様子に、レイも微笑む。

ふと、シンジの表情が硬くなる。

「?」

「でも、誰も信じなかった」

碇君って。

こんなに暗い顔もするんだ・・・。

「父さんは詐欺師扱いされて死んじゃった」

少年の誇り。

と同時に、心の傷でもある。

辛い過去。

思い出させてしまった。

あ・謝らないと・・・。

「でも、僕の父さんは嘘吐きじゃないよ」

急に元の調子に戻る。

「今、本物を作ってるんだ。これでいつかジオフロントを見つけてみせる」

自慢げに骨組みを示す。

どうやら飛行艇を作っているようである。

嬉しそうに夢を語る。

今までは、照れくさいから話すことなどなかったのに。

これを他人に話すのは、初めて。

言い終えるなり、気恥ずかしさに顔が赤らむ。

それを見て思う。

ただのおっちょこちょいじゃ、ないんだ。

この人なら、信頼できる。

今までの境遇が、しばし頭から離れる。

二人にとってこの上なく楽しい時間が過ぎる。

 

Scene-06 海賊、襲来

けたたましいエンジン音が近づく。

シンジはふと、窓の外を見る。

「オートモービルだ。珍しいな」

彼にとっては、エンジンの性能に興味がある。

あんなのを僕の船に積めたらな。

一方、レイは車上の姿に硬直する。

「あの人たち、海賊よ」

「え?」

「飛行船を襲った人たち」

「綾波を狙ってるの?」

途端にシンジの目が真剣になる。

「分からない・・・」

二人とも直感で、危険を悟る。

このままでは危ない。

「早く、こっちへ」

レイの手を握って地下室から出る。

何とか逃げよう。

親方のところへいけば、何とかなる。

そのためには・・・。

 

Scene-07 朝、逃げ出す前に

日向・青葉・マヤの三名。

ミサトの指示により、このあたり一帯を巡回中。

オートモービルを走らせるうち、一軒の小屋を見つける。

まずはここで話を聞こう。

何か知っているかもしれない。

助手席の日向が、家に近づく。

一歩。

二歩。

三歩。

後一歩で扉に手が届く。

その時。

向こうから扉が開く。

驚いて後ずさる。

すんでのところで、ぶつからずに済む。

二人の子どもが走って出てくる。

「おはよう!」

わざとらしく大声で挨拶をするシンジ。

「ああ、ちょっと待ってくれ」

予想通り、呼び止められる。

「何ですか?急いでんだから早くしてください」

「女の子が、この辺りに来なかったかい?」

これまた予想通りの質問。

「昨日きたと思いますよ・・・」

男の目が光る。

やっぱり綾波を探してるんだ。

でも、そうはさせないよ。

「親方のところの怖ーいアスカが」

指で角を作っておどけるシンジ。

「くっ・・。もう、いい」

「じゃ」

黙ってうつむくレイの手を取って、家から離れる。

作戦成功。

レイには自分の服を着せ、男装してもらう。

その上で、自分だけに注意を集めて逃れる計画。

特徴的な髪の色は、帽子で隠している。

とっさの思いつきとしては、上出来。

「やっぱり綾波を狙ってたんだ」

あまりに呆気なく成功したが、喜んでばかりもいられない。

そう、これはすぐにばれるはず。

やり取りの間に家に入り込んでいた青葉。

脱ぎ捨てられていた綾波の服を発見する。

「マコト、女の子の服だ!」

「何だって?化けていたのか!」

また、ミサトさんにどやされる。

痛い頭を抱えて指示を出す。

「マヤちゃん、ミサトさんに知らせて。シゲル、追うぞ!」

「ええ」

「ああ」

オートモービルが離れて行く。

二人して追跡に入る。

既にかなり水をあけられている。

 

Scene-08 朝の第三新東京市

いつもの風景に、そぐわない男たち二人。

家々を回って、聞き込みに励んでいる。

一人が聞き役。

もう一人は、おそらく威圧役。

ただ、相手が悪い。

親方、その人である。

惣流・アレキサンデル・ジークフリート。

一見優男に見えるが、実はかなりの猛者。

男たちの威圧感など、どこ吹く風。

全く動じていない。

「見かけねぇな」

「かわいい子でして、蒼い髪に紅い目をしてるんですよ」

不毛な問答を終わらせるのは、片方にとっては馴染みの声。

「おやかたぁー。おやかたー」

二人連れの子どもが坂の上から駆け寄る。

今までだんまりを決め込んでいた相棒。

それが、二人を指して続ける。

「ちょうどあのくらいの子どもですねん」

思った以上に速度が出ると、足がもつれやすくなる。

ましてやここは、下り坂。

レイが足を取られ、バランスを失う。

途端に帽子が飛び、蒼い髪が露出する。

ケンスケ・トウジの二人がそれに気づく。

しかもその後ろからは、日向と青葉の両名が。

大声を上げて追いかけている。

間違いない。

思わず飛びついて、捕獲を試みようとする。

勢いをつけたまま地を滑って、二人から逃れる。

多少痛いが、仕方ない。

やっと親方に近づく。

レイをかばい、男たちに向き直る。

「海賊なんです。この子が狙われているんです」

親方は、事態のあらましを把握する。

シンジとレイ、二人をかばうように一歩前へ出る。

親方の家から、わめき声がする。

あの声は。

「海賊ですって!?」

やはりアスカ。

この後の展開が、予想できる一言。

「一度見ておいてあげるわ」

予想通り。

どうしてこの状況で、そうなるのか。

出てこようとするが、母親に襟首をつかまれ、家に投げこまれる。

代わりに出てきたのは、その母キョウコ。

親方の背中から、全体の様子を観察する。

「それ以上寄るんじゃねぇ」

睨みを利かせる。

向こうも負けてはいない。

一歩、前へ。

親方と、トウジ。

血の気の多い二人が対峙する。

「渡してもらいまひょ」

「海賊か・・・」

「ミサト一家や」

「帰んな。ここには貧乏人しかいねぇ」

海賊三人対親方。

注意が親方に向いていることを悟るキョウコ。

シンジとレイとを家の中へ。

半ば引きずり込むように押し込む。

「おかみさん・・・」

「この隙に裏からお逃げ」

「僕も戦います」

キョウコを見つめる真剣な目。

いつものシンジからは考えにくい表情。

「相手は武器を持ってるんだよ」

証拠はないが、シンジを試すように諭す。

「でも!」

もう一人の子を見やる。

この子を守りたい。

そんな決意の強さを見て取り、成長ぶりに感心するキョウコ。

大人になったねぇ。

こんな状況なのに、微笑が浮かぶ。

「いい娘じゃないか、守っておやり」

半ばからかうように、半ば真剣に。

そんなキョウコの想いに気づいたのか。

戸惑うレイにもう一度視線を飛ばして。

「はい!」

 

Scene-09 楽しいケンカ

そんな中、扉の外では。

相変わらず睨み合いの続く二人。

ついに痺れを切らせたのか。

「どないしてもどかへんのやな」

「ふん。男なら拳骨で通れ」

「ほぉ。おもろいやないか」

売り言葉に、買い言葉。

実は結構気が合うのではないか。

いずれにせよ、双方とも腕にはかなりの自信がある。

「トウジ、やっちまえ」

相方までもが、煽り出す。

まずは力比べ。

トウジが上半身に力を込める。

「むむむむむむむ・・・・・・。どないやぁ!」

着衣のボタンが弾け飛ぶ。

かなりの筋力。

この時点で既に近所の人はみな、二人を囲んで様子を見守っている。

当然、親方をそそのかすことも忘れてはいない。

アレク、やっちまえ等と言う声もする。

それを聞いたキョウコ、そっと外へ出る。

家を守るかのように、扉の前に立つ。

手にはフライパンを持ち、なぜかうんざりした顔。

トウジに負けじと、親方も力を込める。

「ふん。うぬぬぬぬぬぬぬ・・・・・・。だぁっ!」

こちらも負けてはいない。

着ていたシャツごと、千切れ飛ぶ。

「ふっふふふふふ」

「す・すげぇ」

ケンスケたちが驚くのも、無理もない。

今までトウジ以上の猛者には、会ったこともないのだから。

みんなに見せびらかすかのように辺りを見回す親方。

既に得意満面。

みんなも大はしゃぎ。

そんな中、キョウコは。

「誰がそのシャツを縫うんだい?」

もっともな質問をぶつける。

夫が力で負けるとは、夢にも思っていない。

ただ、この後始末に頭が痛いだけ。

ケンカに強い親方も、妻には弱い。

決まり悪そうに、キョウコの方、つまり後ろを振り返る。

この隙を見逃すトウジではない。

「隙あり!」

後ろから頭を殴りつける。

首から上だけがかくんと落ちる。

普通なら無事では済まないはず。

だが相手が悪い。

そのままくるりと振り返り、にこにこと微笑む。

夢でうなされそうな笑み。

はっきりいって、これは恐い。

「ふっふふふふふ・・・・」

にこにこと微笑んだまま、右手が臨戦体勢に入る。

即座に繰り出す拳。

まともにトウジの腹に入る。

トウジも負けてはいない。

凄絶な笑みを浮かべ、即時に復活する。

やはり似た者同士。

そんな世にも恐ろしい殴り合いは、やがて本格的になる。

娯楽の少ない町のこと。

見ている人たちも、だんだんその気になってくる。

無勢に多勢とばかりに躍りかかる。

既に敵も味方もない。

平和な通りは一転、ケンカ祭りの巷と化す。

大声を張り上げ、むちゃくちゃに手を振りまわす。

その幕を引いたのは、一台のオートモービル。

ミサトとマヤ。二人が乗っている。

「ミサトさん!」

人垣を蹴散らし、輪の中心に突っ込んでくる。

「ミサトさん、あの子はこの奥に」

報告を聞き、呆れた様子のミサト。

「何言ってんの。裏口からとっくに逃げてるわよ」

とにかくここにいても始まらない。

「追うわよ、出して!」

運転席のマヤに指示を出す。

どこから出したのか、片手に手榴弾を持っている。

オートモービルにしがみつく海賊一同。

安全ピンが抜け、宙を舞うのはその一瞬後。

かつん。

走り去った後。

派手な爆音。

あまりの展開に呆然とする町の人々。

そんな中、民家の影から様子をうかがう黒服。

何やらメモを取り、人知れず姿を消す。

 

Scene-10 逃避行

キョウコのお陰で、ひとまずは逃げ延びるシンジたち。

とりあえず隣町を目指すことにする。

警察や軍に頼んで保護してもらうのもよし。なんとかなるだろう。

そう思う。

鉱山の町に欠かせないのが、鉱石を運ぶ手段。

そこで鉄道網だけは、よく発達している。

今しも、小型機関車が空っぽの貨車三両を引いている。

上手い具合に、今日は冬月さんが運転している。

あれに乗せてもらおう。

「おー言おうい」

やった。気づいた。

シンジに答えるかのように、減速する列車。

走りながら貨車に捕まる。

時々こうして乗せてもらうことがある。

だがレイには少し辛い。

手を貸し、二人して貨車に転がり込む。

「どうしたね、シンジ君」

落ち着いた声で尋ねる運転手。

「仕事をサボって、デートかい?」

レイを見てからかう。こんな一面もある。

もっとも今日は、のんびりとつき合っていられない。

「ち・違います。悪漢に追われているんです」

少し赤くなって答えるシンジ。

「ほら、あそこです」

後方を指差す。

さっきのオートモービルが、線路沿いを突っ走る。

よく見ると、さっきよりも大人数で乗っている。

「ミサト一家だそうです」

「海賊かね、そいつは」

面白そうだ。

顔がそう言っている。

「隣町まで乗せていただけませんか。警察に行きます」

「分かった。釜焚きを頼むよ」

「はい」

蒸気機関車なので、石炭で動く。

そのため、釜焚き助手が本来は必要である。

今日はそれがいないため、冬月一人でこなしていたところだった。

 

Scene-11 大追跡

道無き道を突き進むオートモービル。

アルピーヌ・ルノー改。

スポーツカーだった車は、徹底的に改修済み。

ミサト一家には、その道の専門家がついている。

機械に関することなら、何でもお任せと言う存在が。

このオートモービルも、その自信作の一つ。

定員二名のところを六人も乗せ、目下性能の限界に挑んでいる。

目標が列車を利用するのを確認。

そこで目下、沿線を追跡中。

もっとも、いつまでも追えるものではない。

ハンドルを握るマヤが叫ぶ。

「ミサトさん!行き止まりです」

確かに目の前には道路がない。

その代わりに、線路しかない。

こんな時にもミサトは決して諦めない。

道は私が走った後に出来る。

今の心境を言葉に移すと、こんな風になる。

「ハンドル代わって!」

ひったくる様にハンドルをつかむ。

ブレーキレバーには、手もかけていない。

そのまま線路に突進する。

巧みな技で、レールに車輪をはめ込む。

あまりの重みで軌道が砕け散っても無視。

他の五人は、既に悲鳴も上がらない。

気絶していないだけでも大したものである。

ただひたすら前へと突き進む。

異変に気づいたのは、機関士冬月。

ぞくり。

首の後ろに冷たい風が当たる。

ふと後ろを振り返ると、さっきのオートモービルが追いかけてくる。

しかもそのボンネットには。

派手な格好をした女性が一人、仁王立ちしている。

「ほう、やるもんだ」

妙なところで感心する。

途端に列車の速度が落ちる。

追っ手の顔が、より近くに見える。

「蒸気を上げるんだ。追いつかれるよ」

冷静に判断を下す。

更に石炭を投げ込むシンジ。

ふと、あることを思いつく。

そうか、ここは。

今ならまだ、間に合う。

シャベルを握る手を、止める。

レイに振り返る。まだ貨車の中にいる。

「綾波、こっちへ」

運転席を指す。

「釜焚きお願い」

「はい」

シンジとレイ、二人の位置が入れ替わる。

無意識にも呼吸が合うところは、さすがである。

今いた機関車から、貨車を切り離す。

幸い今は上り坂。

先ほど速度が落ちたのも、そのせいである。

これを逆に利用する。

貨車を追っ手にぶつければ、少なくとも足止めにはなる。

そう考えてのこと。

ところが。

連結器のピンが、堅くて抜けない。

重力がそこに集中しているのだから、当たり前。

そこで窮余の一策。

「冬月さん、ブレーキお願いします!」

「ブレーキだって?」

いぶかしむ冬月。

だがシンジを見て、すべてを理解する。

一瞬。

ほんの一瞬、鋼が悲鳴を上げる。

慣性に引かれて緩むピン。

今度は容易に抜き去る。

ここぞとばかりに、貨車を後方へ蹴り出す。

下り坂を駆け下りる貨車。

オートモービルに突き刺さる。

だが向こうも負けてはいない。

「ま・け・る・もんですか!」

気合一閃。

なんと無理矢理押し切ってしまう。

エンジンが更に鳴き出すが、既に気にしていない。

お返しとばかりに、前の機関車に叩き込む。

衝撃で世界が揺れる。

「うわぁ」

信じられない事態。

こうなっては仕方ない。

もう一度貨車に戻って連結部へ。

車輪そのものを止める、ブレーキハンドルがある。

あれを回そう。

だが、向こうはそれに気づく。

男が二人、こちらへやってくる。

貨車に飛び乗り、だんだんと近づく。

あと数歩でシンジに追いつく。

しかし作業に夢中で、気がついていない。

「押して、押して、押しまくるのよ!」

もはや一刻の猶予もならない。

これを見ていたレイ。

碇君が危ない。

何とかしないと。

手元には、さっきまで釜焚きに使っていたシャベルのみ。

あの二人を止めないと。

無我夢中。

シャベルを振りかぶって、投げ飛ばす。

ごわん。

まともに顔面に食らって、無事には済まない。

二人仲良く、貨車の中へ倒れ込む。

ちょうどその時、また鋼の悲鳴が手元から響く。

これでもう貨車は、すぐには動かない。

さっと機関車へ飛び移るシンジ。

「ま・待ちなさーい!」

無論、待たない。

このままどんどん遠ざかろう。

動けなくなった海賊たちを尻目に、ほっと一息。

線路の彼方へ消え去る機関車。

貨車を切り捨てたため、これまで以上に速く走り去る。

本来の相棒から離れた貨車。

今はここにいる。

憎らしげに見つめるミサト。

「グズグズするんじゃないわよ!」

矢継ぎ早に号令を下す。

「早くこいつをどけなさい!」

もちろん、この貨車のことである。

とにかく線路から排除することが先決。

トウジとケンスケ、日向と青葉とがそれに当たる。

確かに、ブレーキレバーを戻せば、走れないことはない。

しかし三両は多すぎる。

二人一組で、とりあえず二両だけでも排除する。

排除といっても、車体を持ち上げ、脇へ転がすだけ。

作業は単純でも、その内容は至ってきつい。

中身は空でも、木と鉄の塊。

二人がかりでも、かなり重い。

しばらくもすると、作業完了。

力自慢のトウジでさえ、肩で息をしている。

言うまでもなく他三人は、へたり込んで身動きもできない。

そんな時。

上空に偵察機を発見。

こう言うことには詳しいケンスケ。

「奴等です。どうしましょうか、ミサトさん」

たかだか石一つに奴等まで出てくるの?

これは、面白いことになってきたわね。

ミサトにとって、これが絶対的な判断基準。

「このまま引き下がれるものですか!」

マヤに、オートモービルの動作確認を命じる。

車体に軽微の損壊を認める。

しかし動作に問題なし。

期待通りの答えが返ってくる。

やっぱり敬服すべきは、技術屋の腕ね。

「総員乗車!何としても追うわよ!」

一方、勝利の凱旋を続ける機関車では。

「はははは、愉快だ。さあ、どんどん走ってくれよ」

実に機嫌がよい。

かたわらで石炭をくべるシンジ。

あることに気づいて手が止まる。

「冬月さん、すみません」

さっきまでの威勢よさが消え、済まなさそうに謝る。

「どうしたね」

「後ろの貨車、駄目にしてしまいました」

「気にすることはない。おかげで楽しめたよ」

確かにこんなに痛快な逃走劇には、そうお目にかかれない。

冬月の態度に安心するシンジ。

レイは、そんなシンジの代わりに石炭をくべようとする。

「綾波、僕がやるよ」

「ううん、やらせて」

互いに相手を気遣って言葉を交わす。

そんな子どもたちの雰囲気を察した大人は、一言。

「どちらでもいい、どんどんくべなさい」

二人に提案する。

赤くなって、思わずうつむく。

それを見て、さらに楽しげな冬月。

 

Scene-12 前門の虎、後門の狼

渓谷沿いの、のどかな風景が続く。

このまま行けば、隣町まで後少し。

「おや」

前方に異変あり。

景色にそぐわない重厚な車両が鎮座する。

こちらに近づいているせいか、だんだん大きく見える。

元々小さなこの機関車が、さらに小さく感じられる。

あれは、こんな鉱山の町でお目にかかるような代物ではないはず。

そう思うのも無理はない。

装甲列車。

五両編成で、全車に回転式の大砲一門を装備。

鋼鉄の装甲と迷彩が施されているのが、命名の由来。

前線でならまだしも、こんな片田舎には、あまりに似合わない。

これを動かせるのは、言うまでもない。

「これは驚いた。軍隊のお出ましか」

感心してばかりもいられない。

ここは単線。その意味するところは実に明白。

貨車はともかく、この機関車まで失うわけには行かない。

とにかくブレーキをかける。

向こうもこちらに気づいた様子。

どんどん減速し、やがて止まる。

向かい合う列車と列車。

沈黙。

先に口火を切ったのは冬月。

「済まないが、この子達を保護してやってくれないか」

シンジたちが線路に降りるのを横目で見ながら。

「海賊たちに追われているらしくてね」

装甲列車のハッチが開く。

出てくるのは黒服が二人。

シンジは軍の車両に、すっかり安心しきっている。

ふと振り返ると、レイが硬直している。

その眼は、恐怖に脅えている。

「綾波・・・」

どうしたの?と声をかけようとする。

「さよなら」

きた道とは反対へと走り出す。

それを見た黒服、慌てて追う。

逃げ切れるわけはない。

黒服はもう、シンジのところまできている。

このままではいけない。

とっさに判断する。

とりあえずこの状況下ではこれしかできないが。

脚を出す。

前しか見ていないのが、災いしたのか。

こんな子どもだましにきれいにかかる。

頭から転倒する二人。

すぐにレイを追いかけるシンジ。

「あやなみー!」

焦りも加わり、怒気を含んで黒服が怒鳴る。

止まれ!止まらんと撃つぞ!

あの男、本気だ。

あの子たちが危ない。

そう判断した冬月。

スチームレバーを倒す。

辺りが白い煙に包まれる。

その頃。

オートモービル上では。

「装甲列車です、ミサトさん」

「構うもんですか!突っ込みなさい」

何とか追いつきかけている。

こんな好機に軍がどうした。

とにかく狙いはただ一つ。

すっかりのめり込んでいるミサトである。

レイの視界に、そのオートモービルが飛び込んでくる。

二度、硬直する。

後ろからはシンジの声が飛ぶ。

「綾波!一体どうしたの!」

その声に我を取り戻す。

何とか碇君だけでも。

力の限り叫ぶ。

「来ちゃ駄目!」

周りを見る。

今きたこの路線は、ただの単線ではない。

各鉱山から鉱石を運ぶため、至る所で支線が伸びている。

ここでも木造の高架が、トンネルの向こうへ続いている。

藁にもすがる思いで走り寄る。

シンジもそれに続く。

さっき綾波を守ると誓ったんだ。

こんなところまで来て逃げちゃいけない。

まだ距離はあるが、もうすぐ追いつく。

そんな時。

 

Scene-13 絶体絶命

轟音が聞こる。

装甲列車がもう一組の追っ手を認知。

威嚇で砲撃を行った音。

それにひるまず、ミサトはランチャーを構える。

目標は前方。

だが装甲列車では、ない。

狙いはポイントレバー。

揺れる車上からの、最高難度の射撃。

それに成功。

ポイントが切り替わる。

オートモービルはそのまま支線へ雪崩れ込む。

これだけのことが後ろで起こって、気づかないわけはない。

シンジはちらりと振り返り、大慌てでさらに足を速める。

ところが前方のレイは、少しも足をゆるめない。

まさか夢中で気づいていない?

だとしたら危ない。

走る。

あと数歩のところまでくる。

エンジン音が、どんどん近づいてくる。

あと三歩。

後方で砲塔が回転しだす。

狙いは、こちら。

あと二歩。

さっきと同じ轟音がする。

と同時に着弾。

狙いはオートモービルだったため、直撃はしていない。

あと一歩。

オートモービルがすぐ後ろにいる。

やっと、追いつく。レイに跳び着き全身でかばう。

その反動で、高架から投げ出される。

入れ替わりにオートモービルが通り過ぎる。

無我夢中。

手がかりを求めるシンジの手に、硬い感触がある。

さっきの高架。

ただでさえ古い木造の上、砲撃を食らって大破。

その一部がだらりと谷底へ垂れ下がる。

今、それにつかまっている。

頭上は、抜けるような青空。

下は、底さえ見えない縦坑が口を開けている。

左手には、レイを抱きかかえている。

そのため右手一本が、二人分の重みを支える。

そう長くは続かない。

だが、一秒が一時間にも感じられる。

派手な軋みが頭上から聞こえる。

オートモービルが、トンネルの手前でフルブレーキをかけた音。

もっとも、今のシンジにはどうでもいいことではあるが。

いち早くオートモービルから降りるミサト。

崖縁に駆け寄り、成り行きを見守る。

他の仲間たちも続く。

「このままでは落ちてしまいます!」

日向だけではない。

ミサト以外の全員が悲鳴を上げる。

そんな中、ミサトは独り、じっと見詰める。

昨日あの高さから落ちたはずなのに、あの子は無事だった。

何かある。

必ずある。

あの石に。

だとしたらどんな力が。

今はそれを知る絶好の機会。

だから。自信ありげに宣言する。

「静かに!よぉく見ていなさい」

もはや指先の感覚がない。

今にも肩が外れそう。

あまりの激痛に声も出ない。

その痛みのおかげで、何とか意識を保っていられる。

目だけ覚めていても、体が動かないと何にもならない。

こんな体勢では、体力が消耗する一方。

つに尽きる瞬間も、近い。

そろそろ限界かな。

ごめん、綾波。

君を守り切れなかった。

痛恨の思いが去来する。

ううん、そんなことない。

そう言うかのように、レイはそっと、シンジを見やる。

交差する視線。

そして最後の時がくる。

悲鳴を上げていた右手が、急に軽くなる。

レイを抱えたままで。

暗い坑が急速に近づいて行く。

「うわぁぁぁぁぁぁ・・・・・」

青葉たちは、この悲劇に直視できないでいる。

ミサトだけは、違った。

さらに目を大きく見開いて、谷底を見る。

とたんにその顔がほころぶ。

神秘の一端に触れる興奮。

声も出ない。

さっきまでは、暗闇だけの谷底。

今はそこに、全ての闇を打ち払うような輝きが見える。

興奮に包まれるミサト。

「み・みんな見て。あれが光球の力よ!」

落ちて行くシンジたち。

レイも、シンジも、まさに気絶する寸前。

奇跡が再び起こる。

レイの胸元の石が突然光り出し、自分たちを包み出す。

あの時の光だ。

「浮いてる・・・」

あれほど強かった落下の速度が、それを境にがくんと緩む。

「やっぱりその石の力なんだね、すごいや!」

大喜びのシンジ。

理解を超える現象に戸惑うレイ。

あの時は気を失っていたからである。

だがどちらも同じ思い。

生きてる・・・。

どちらからともなく、ふと顔を合わせる。

夢ではない。

互いに微笑みかける。

綾波でないと、使えないんだ・・・。

この石の秘密に気づく。

綾波を守るための石なんだ・・・。

ありがとう、綾波・・・。

真下には相変わらず、大きな坑が待っている。

だが今は恐くない。

むしろシンジにとって、絶好の隠れ場所。

レイにはそうではない様子。

真っ暗な坑に恐怖を感じる。

シンジをつかむ手に、力が入る。

そんなレイを察して。

「大丈夫。このまま底まで行こう」

安心させようと、語りかける。

そのまま降下は続く。

どんどん小さくなる赤い灯火。

遥か上方、崖の上では。

ミサトはまだ興奮している。

「すごい!欲しい!」

嬉しそうなミサトに向こう岸から一言。

撃て!

それと同時に、数初の砲門が一斉に火を噴く。

オートモービルは仕方ない。

現時点を以ってこれを廃棄。

とにかく逃げるが勝ち。

「総員退避!」

トンネルに駆け込む。

他に逃げ道があるわけではないが。

「すばらしい!必ず手に入れるわよ!」

大急ぎでトンネルの奥を目指すミサト一家。

外ではまだ砲撃が続く。

それを見下ろすかのように。

偵察機が舞う。

 

Scene-14 坑、探索の果てに

何もない坑。

どこからとも無く続く横穴は、どこへとも無く消えて行く。

そんな一角。

いつもならわずかに陽光が差しこむこの縦穴。

今日は違った。

赤い光が降りて行く。

たん。

坑の底に着地。

すると、どんどんと光は失われる。

「消えてく・・・」

「ああ、待って」

背負っているリュックから、ランタンを取り出す。

これに灯を点すまでは、この光がもっていて欲しい。

何とか間に合う。

赤い輝きが消え、代わりにぼんやりとした灯が点る。

「綾波が降りてきたときも、そうだったよ」

ほんの昨日のことなのに、ずいぶん昔のことのよう。

そんな感慨を込めて、レイに話す。

「見て、入り口があんなに小さい」

上を見上げて、つぶやく。

その口調に、絶望の色はない。

鉱山は、人工の坑の集合体。

必ず入り口があり、出口がある。

よっぽど大規模な落盤でもない限り、どこからかは必ず出られる。

少なくともさっきまでよりは、遥かにまし。

他のことを考える余裕ができたのか。

「酷い目にあってないかしら。親方さんや機関士さんたち」

二人を助けてくれた親方、冬月たちを案じる。

「大丈夫。鉱山の男はそんなにやわじゃないよ」

自分も正直なところ気になるが、綾波を安心させるのが先。

それに、少なくとも親方の心配だけは、するだけ無駄。

「さ、行こう。出口を探さなきゃ」

この方がまだ、建設的である。

シンジはランタンを持ち、先導する。

さりげなく、レイの足元に気を配ることも忘れない。

歩きにくいと言うほどでもない。

だが、そんなに整地されているわけではない。

「この辺りは大昔から鉱山があったんで、坑だらけなんだ」

さすがにシンジも、それらすべてを把握しているわけではない。

せいぜい今働いている鉱山の周辺くらいである。

だが、そこにさえ行ければ安全を確保できる。

少なくとも、外には出られる。

しばらく歩く。

ぐぅ。

場違いなほどのんきに、腹の虫が鳴る。

「ご・ごめん」

顔が赤い。暗くてよく分からないが。

ぐぅ。

また一声。

いくら暗くとも、音だけは容赦無く伝わる。

「ご・ごめんなさい」

同じく。

同じことをやって、同じように謝りあう。

それに気づいて思わず顔を見合わせる。

「はははは」

「くすくすくす」

朝と同じ光景が繰り返される。

でも、こんなに思いっきり笑うのは、ずいぶん久しぶりのように感じる。

「そう言えば、朝ご飯まだだったね」

ひとしきり笑うと、水のせせらぎが聞こえる。

「向こうに川があるみたい。あそこでご飯にしよう」

「ええ」

朝出て行く前に、とりあえず荷物を詰め込んだリュックサック。

ランタンの灯を頼りに中身を出す。

パン一切れと、目玉焼き。

リュックにあるナイフで、半分づつに切って渡す。

「はい、綾波」

「うれしい。お腹ぺこぺこだったの」

「後、リンゴが一個に飴玉が二つ」

「まぁ、碇君のリュックって、魔法のリュックみたい。何でもあるんだもん」

「ふふ・・」

客観的には簡素な、当事者には豪華な食事。

もう一つのおかずは、おしゃべり。

初めはシンジが話し出す。

自分のこと。

親方のこと。

おかみさんのこと。

アスカのこと。

父のこと。

母のこと。

嬉しかったこと。

悲しかったこと。

そして、初めてレイと出会った時のこと。

さっきと同じ現象が起きていたことを、レイは初めて知る。

でも、この石に助けられたことよりも、碇君が助けてくれたことの方が嬉しい。

そして今度はレイが、話し出す。

「第二新旭川市。ずぅっと北の山奥だね」

「ええ。私、父も母も死んじゃって・・・」

うつむき加減になる。

「でも、家と畑を残してくれたので、何とか独りでやっていたの」

あの日の暮らしが脳裏によぎる。

苦しくはなかったが、決して楽でもない。

経済的にもそうだが、なにより独り暮らしと言うのがこたえる。

そんなある日、黒服の男たちが突然現れ、自分を連れ去る。

黒服たちを率いる、色眼鏡の男。

政府から派遣された者とだけ名乗る。

それっきり、名前も明かさない男たち。

シンジと出会うまでの経緯を話す。

「その、黒服たちにさらわれてきたの?」

軽く、肯く。

「さっきの男も、その一人?」

また、肯く。

「何者だろう?軍隊と一緒にいるなんて」

シンジを初め普通の人間にとって、軍隊とはあくまで敬意の対象。

恐いと感じなくもないが、決して脅威ではなかった。

だからこそ、このように軍隊に追われる状況は、理解を超えている。

考えながら、リンゴをかじる。

もちろんこれも、半分づつ。

「ミサト一家も、黒服たちも、その石を狙ってるんだね」

ペンダントに視線を走らせる。

「でも」

レイの顔を見る。

「そんな力があるなんて、私ちっとも知らなかった」

ペンダントをそっと握る。

「ずぅっと昔から家に伝わっていた物で、母が死ぬ時私にくれたの」

その時のことを、思い浮かべながら。

「決して人に渡したり、見せたりしちゃいけないって」

「ふーん」

シンジにとっては石云々よりも、同じ境遇であることに共感を覚える。

「僕ら、二人とも親なしなんだね」

割と明るそうに振る舞う。

「ごめんなさい。私のせいで碇君を酷い目に合わせて」

済まなさそうに謝る。

「ううん」

そんなことない、とシンジ。

「君が空から降りてきた時、ドキドキしたんだ」

目を輝かせる。それだけは暗がりの中でも分かる気がする。

「きっと素敵なことが始まったんだって」

よかった。

碇君は分かってくれている。

そう確信して、微笑む。

「うふふ・・・」

それを見て、つられて笑う。

「はははは・・・・」

暗闇と沈黙の世界も、今日だけはその装いを改めている。

 

Scene-15 明かされる光球の謎

じゃりっ。

靴が砂利を踏む。

楽しい食事の終わりを告げる音。

かたわらのランタンをつかんで前方に差し出す。

目を細めて、意識を集中する。

レイを後ろへやり、誰何する。

「誰?」

人影が近づく。

向こうもこちらに気ついた様子。

どうやら男一人のようだ。

隙のない足取りは、手練の兵士を思わせる。

慎重に、歩を進めてくる。

だが、黒服ではなさそう。

あれ?

どこかで見たような・・・・。

相手の目が、驚きで見開かれる。

「シンジ君じゃないか。どうしたんだい、こんな所で」

やっぱり、そうだ。

「加持さん!」

地獄に仏。

シンジの顔が、喜びに溢れる。

「大丈夫。とってもいい人だよ。加持さーん!」

簡単に紹介し、先の質問に答える。

「道に迷っちゃったんだ」

急に真剣な顔になる加持。

「それはシンジ君が悪い」

「え?」

「デートの前にはちゃんと下見しないと」

おどけた顔になり、レイの方を見る。

冬月といい加持といい、他人をからかうのが好きな人ばかり。

もっとも、シンジたち二人を見れば誰だって、からかいたくもなる。

「そ・それどころじゃないんです」

動揺しつつも、何とか話題を戻そうとする。

デートの話しを否定しないのは、何故だろう?

「僕たち、海賊に追われてるんです」

「へぇ。海賊に」

「軍隊にも追われてるんです」

「軍隊にもねぇ。もてるじゃないか、シンジ君」

さらりと冗談が出る。

以後もからかわれ続け、その度に赤くなる。

何とか説明を終えるのには、もうしばらくかかる。

やっと説明が済んで、同じ場所。

湿っぽく、陰気な雰囲気の坑。

ふわりと紅茶の香りが漂う。

加持の持ってきた道具のおかげである。

「さぁ、お上がり」

ポットからレイのカップに注いであげる。

次にシンジのカップ、最後に自分のに注ぐ。

当のシンジは加持に頼まれ、水を汲んでいる。

「ありがとう」

「どういたしまして」

シンジの知り合いなので安心したせいか。

珍しくレイの方から質問を投げかける。

「加持さん、ずっとここで暮らしているんですか?」

「うん?まさか。普通は上で暮らしているよ」

上とはもちろん、地上を指す。

加持リョウジ。

物知りで、鉱山の誰もが一目おく存在。

普段は鉱山の仕事を手伝って暮らしている。

そのかたわら、スイカ栽培にも精を出す。

副業と言うより、そちらが本業のような熱の入れ様である。

「夕べから急に石たちが騒ぎ出してね」

辺りを見回して、そうつぶやく。

「畑もいいが、こう言う時には下にいたいからね」

水汲みから帰ったシンジが、話に加わる。

「岩が、ざわめくの?」

周りを見回す。

時折、滴のしたたる音が響く以外は、沈黙の世界。

何のざわめきも聞こえない。

半信半疑のシンジとレイ。

やっぱりな。

その様子を見て、一言。

「石たちの声は、小さいからな」

ふぅっ。

ランタンの明かりを吹き消す。

暗黒が支配する。

何も見えない。

目が慣れてきたせいか。

隣の綾波の顔が見える気がする。

それに、薄ぼんやりと、赤い光がちらつく。

・・・・光だって?

「あ。あああ・・・・」

「まぁ・・・・・」

絶句。

自分たちの周りの岩が、赤く光っている。

ここも、あそこも。

強い光では、決してない。

穏やかで、ぼんやりとまたたいている。

蛍のような灯。

無数に現れる。

川底の石も光っている。

流れとともに、揺らめいて見える。

水面にはまた、別の所からの光も届く。

天井の岩盤。

ふと、見上げる。

やはり同じように輝いている。

さながら満天の星の海。

「さっきまでただの岩だったのに・・・」

「きれい・・・」

「もう一つ、見せてあげようか」

何を見せてくれるんだろう。

これだけでも凄いのに。

既にランタンなどなくとも、今まで以上に明るい。

加持が手ごろな大きさの石を拾い、金槌を取り出す。

振りかぶり、まっすぐ打ち下ろす。

ぱきーん。

黒くて、ごつごつした石が二つに割れる。

その断面。

ぼんやりと赤い光が点る。

「あ・・・・」

だが、見る間にその光は失われる。

とうとう、元の石に戻ってしまう。

「消えちゃった・・・」

名残惜しそうな様子。

「この辺りの岩には光球が含まれているのさ」

「コア・・・?」

初めて聞く言葉。

だが、こんな光はどこかで見たことがある。

まるで・・・。

まるで・・・・・・。

当惑するシンジたちをよそに、加持はもう一つ石を拾う。

また、二つにかち割る。

同じように光がこぼれ、同じように消えて行く。

「この通り、空気に触れるとすぐにただの石になってしまうがね」

はっとしてレイの方に向き直るシンジ。

同じことを考えていたのか。

レイは胸ポケットから、ペンダントの先を手繰り寄せる。

周囲よりも強い光が点っている。

「光ってる・・・」

レイやシンジを守っていた時ほどではないが。

それでも強く自己を主張している。

まるで周囲と共鳴しているかのように輝く。

それを見て加持、これまで以上に目を大きく見開く。

「これは驚いた。君、それは光球の結晶だよ。俺も見るのは初めてだ・・・」

わなわなと震える手は、レイのペンダントに伸びて行く。

はっと脅えるレイ。

それまでの加持には無かった、狂暴な光がその瞳に宿っている。

「ど・道理で石が騒ぐわけだ・・・」

完全にこの石の虜になっている。

危ないと感じた、その時。

ペンダントが更に強く光る。

八角形の壁が現れ、加持の接近を拒む。

ぱきん。

触れようとした手は、光の壁に遮られる。

その痛みで正気に戻る加持。

瞳の色が、出会った時の色に戻る。

と同時に、光の壁は消失する。

「だ・大丈夫?綾波・・・」

「私は、何ともない・・・」

加持も、自分が何をしようとしたのか、初めて気づく。

反射的にレイに謝る。

「す・すまない」

「いえ。この石には、強い力があるんです」

「所有者を守る力か・・・」

「はい」

すっかり納得した様子。

このお詫びに話してあげよう。

おそらくこれから大変なことになるだろうから。

乗り越えなくてはならない運命にあるだろうから。

何かの手がかりになるかもしれない。

特にこの娘には。

二人に向き直る加持。

「その昔、アダムと呼ばれる人々だけが」

かつて誰かから聞いた話。

思い出しながら、話す。

「結晶にする技を持っていたと聞いている」

「アダム・・・」

私は、この言葉をたぶん知ってる。

聞いたこと、あるから。

でも、どこで?

漠然と、引っかかりを覚える。

「そう。だがこれはただの結晶ではない」

「え?」

「人の意志が、込められているそうだ」

「人の意志・・・」

「そうだ。それで初めて石は結晶となり、力を持つと聞く」

「力を・・・・。さっきみたいな力・・・」

「それで、大きな島を、空に浮かべたとも聞く・・・」

それまで会話に加われなかったシンジ。

浮かぶ島と聞いては黙っていられない。

「ジオフロントは、本当にあったんだね!?」

レイの手を取り、嬉しそうに続ける。

「綾波、やっぱりあるんだよ」

「あの、その島は今でもあるんでしょうか?」

返事はない。

体を丸めて小刻みに、震えている。

「加持さん・・・・・」

様子がおかしい。

やっと口を開く。

「済まないが、その石をしまってくれないか。俺には強すぎる・・・」

さっきと同じ衝動に駆られる自分を抑えている。

過ちは、二度と繰り返さない。

そう念じながら、話を続けていた。

だんだんと、限界に来ている。

そのせいか、声も弱々しい。

「は・はい」

慌ててポケットにしまう。

さっきまでの強い光が消え、辺りは再び薄暗くなる。

「加地さん・・・」

そっと声をかける。

「ああ。もう大丈夫だ」

起き上がって、ランタンに灯を点す。

周りの赤い灯火が、かき消える。

その代わりに、ランタンの暖かい光が三人を包む。

「ふぅ・・・・」

額の汗をぬぐう。

さっきまで襲っていた感覚が、速やかに霧消する。

石の支配からは、脱したようだ。

「俺の爺さんが言ってたな」

遠い記憶を掘り起こす。

もう安心して話に専念できる。

「石たちが騒ぐのは山の上にジオフロントが来ているからだと」

その時、脳裏に閃くものが。

「そうか、その時空に昇ればジオフロントを見つけられるんだ」

決して望み薄ではない。

可能性が出てきた。

「綾波、父さんは嘘吐きじゃなかったんだ!」

「君・・・綾波さん・・・だっけ?」

「はい」

「その・・・」

「はい」

言いにくそうに切り出す。

「その石には強い力がある。俺は石を相手に暮らしているからよく分かるんだ」

「はい」

まだ、躊躇いが残る。

だが、これも言った方がいいだろう。

何も知らないよりは、ましだ。

「力のある石は人を幸せにもするが、不幸を招くこともよくあるんだ」

「はい・・・・」

後半部分が、レイには気になる。

さっきはその加持さんが、石のせいでおかしくなっている。

もしも碇君が同じ目にあったら・・・。

もしもこのせいで碇君が不幸になったら・・・。

「ましてその石は人の手が作り出した物。それで、気になってね・・・」

「はい・・・・」

「そんなことないよ!」

暗い雰囲気を打ち破るかのように、声高らかに叫ぶ。

「その石は二度も綾波を助けてくれたじゃないか」

そう、あれは綾波だけを助けていた・・・。

が、それは努めて考えないことにする。

「凄いぞ。ジオフロントは本当にあったんだ!」

思わず立ち上がる。

見上げても岩盤しかない。

だがシンジには、その上にジオフロントが見えた。 そんな、気がする。

 

Scene-16 隠れ家

「行っちゃいましたね・・・」

空を見上げてつぶやく。

ここは、とある民家の中。

ミサト一家が所有する、隠れ家の一つ。

トンネルからは抜け出たものの、うかつには動けない。

軍関係者がどこにいるか分からないからだ。

現に上空では、さっきも見かけた偵察機が旋回している。

見つかったわけではないようだが、安心はできない。

「船に帰りましょう、ミサトさん」

みんなの意見とも言える。

無駄と知りながらも、代表として提案する。

「静かすぎる・・・」

そう、あまりに何も起こらない。

ミサトの勘は、この状況をむしろ危険と判断する。

敵が見えないのは、いないからではない。

どこかに隠れているからである。

そんな時に油断すると、相手の思うつぼ。

女海賊の勘が、そう教える。

だから。

「こう言う時は、動かない方がいいわよ」

日向の提案を一蹴し、静観を決め込む。

「ハラ減ったなぁ・・・」

投げやりにこぼすトウジ。

 

Scene-17 地上

あれから加持に案内してもらい、今は外への出口にいる。

黎明。

坑の暗さと外の明るさとが混じる場所。

外の光を背に、そっと手を差し出す。

「大丈夫だ、行こう」

その手を取ろうとして、止める。

振り返り、加持と向かい合う。

「加持さん、いろいろありがとう」

別れを惜しむように、抱きつく。

「気にすることはない。くれぐれも、気をつけてな」

微笑みかけ、肩に手を置く。

体から離し、シンジの方へ向けさせる。

とんと背中を押され、前に進むレイ。

今度はシンジの手を取る。

二人で振り返る。

それを待っていたかのように、穏やかな顔が迎える。

坑の中から手を振っている。

こちらも手を振り、別れを告げる。

今度こそ正面に向き直り、外を目指す。

もはや行くあてはない。

町で警察に頼るわけにいかなくなっている。

まして元の場所に帰るわけにも行かない。

そこで取りあえず、最寄りの出口を案内してもらっている。

それが、ここである。

なだらかな丘陵地帯。

久しぶりの太陽の光。

おもわず深呼吸をしたくなる。

近くの丘に登ってみよう。

手をつないだまま、緩やかな斜面を登る。

「うわー。凄い雲」

上り切って、空を見上げる。

大きな雲。

思わず圧倒される。

「あの雲の峰の向こうに、見たこともない島が浮いてるんだ」

大きく息を吸う。

雲にも届けと言わんばかりに。

「よーし、やるぞ!きっとジオフロントを見つけてやる!」

夢の実現に一歩近づいた。

そんな気がする。

その喜びを大声で表現する。

シンジの決意を感じ、重い口を開く。

「い・いかりくん・・・」

「うん?どうしたの、綾波?」

やはり告げるべきか。

でも、碇君はどう思うだろう。

言おうか言うまいか。

今でも躊躇いがある。

「私まだ、碇君に言ってなかったことがあるの」

やはり話そう。

「私の家に古い秘密の名前があって、この石を受け継ぐ時その名前も継いだの」

続きを待つシンジ。

まだ躊躇いを残すレイ。

「私の継いだ名はレイリア。レイリア・トエル・ウル・アダム」

「アダム・・・」

さっき加持から聞いた名。

ジオフロントを建造した人々の名。

驚愕に目を見開く。

レイには十分予想できる反応。

「そ・それじゃぁ・・・・」

綾波はジオフロントと関係あるの?

そう聞こうとした矢先。

背後から大きな音がする。

戦闘機が一機、この丘に強行着陸する。

ただならぬ気配を感じてレイを引き寄せる。

「軍隊だ!先に行くんだ!」

レイを先に行かせ、自分はその背中を守ろうと後に続く。

丘を駆け下りると、さっきのトンネルに戻れる。

「地下へ逃げろ!」

その目論見は、次の瞬間についえる。

既に下では、歩兵が一部隊、包囲済み。

動くな!

銃剣を突きつけられる。

「何をする!」

レイをかばって、矢面に立つ。

だが、前に気を取られすぎるのはよくない。

後ろの黒服に気がついていない。

すばやい動作で忍び寄り、懐に手を入れる。

次の瞬間にはその手に黒い物が納まっている。

拳銃。

が、殺すなと命じられている。

だから握りで、後頭部を殴る。

ごす。

さすがのシンジもこれにはたまらない。

もんどりうって、倒れ込む。

「碇君!いかりくん!い・か・り・く・ん・・・!」

倒れたシンジに取りすがる。

悲痛な叫びが木霊する。

シンジにはその声が、とても遠くから聞こえるように感じられる。

それをよそに、作戦行動は速やかに行われる。

収容しました。

兵士が報告する。

てこずらせたな。

格上の者らしい、冷静な声がする。

薄れ行く意識の中。

まさに気絶するその瞬間。

シンジの耳は確かにその声を捕らえる。

あ・あの声は。

まさか・・・・・・。

 

Scene-18 土牢

気がつくと、牢の中にいる。

初めは、何がなんだか分かっていない。

意識が戻る。

5W1Hが蘇る。

と、同時にさっきの痛みも戻ってくる。

「い・いたたた・・・・・」

アスカに殴られる時でも、ここまで酷いのは滅多にない。

辺りを見回す。

木製の扉が見える。

「開けて!開けて!」

言われて開いた例はない。

無駄と知りつつ扉を叩く。

体当たりもする。

当然、何も変わらない。

そこではっとあることに気づく。

自分しかいない。

綾波はどこ・・・?

ここはどこ・・・?

この状況を打破する方法を模索する。

特にはない。

軍仕様の地下牢に、そんなのがあったら大変である。

脱出は無理としても、せめてここがどこかを知っておこう。

窓はある。

ただし、自分の身長のずっと上。

足場は、ない。

三尺高いところに首を置くには?

壁をよじ登るしかない。

何とか外を垣間見ることができる。

ここが地下室であることは分かる。

目の前に地面があるから。

ここが軍の施設であることも分かる。

行進のかけ声が聞こえ、今しも革靴の行列が通っているから。

それだけは分かる。

それだけしか分からない。

「あやなみ・・・・」

ごめん、また守り切れなかった・・・。

 

Scene-19 対立

ゼーレ要塞。

難攻不落と、近隣から恐れられる存在。

海と山とに囲まれる天然の要塞。

そこへコンクリートトーチカを初めとする各種兵装が施されている。

その中心。

シンジのいるところからだと、ほぼその真上。

作戦部第一発令所。

ここゼーレの管理を任されている男がいる場所。

「手ぬるい」

キール・ロレンツ将軍。

テーブルにつき、作戦資料を挟んで詰問する。

無表情を装うが、その口調には怒りを隠せない。

今しも相手の男からの報告を受けたばかり。

「あんな小娘、締め上げればすぐ口を割るのではないか?」

文法的には疑問文。

だがその真意はあくまで命令文である。

「制服さんの悪い癖ですな」

しれっと、受け流す。

顔の前に両手を組み、その表情をうかがうことができない。

色眼鏡の奥には、狡猾な光が宿っている。

「事を起こすと、元も子もなくしますよ、閣下」

以前と同じ台詞を言って寄越す。

「ほう、初めから部隊が出動していれば」

さっきの強行作戦のことを指す。

「ミサトごときに出し抜かれずに済んでいる」

あの男の進言どおりに静観したため、計画が大幅に遅れているのだ。

「作戦部が不用意に打った暗号が解読されたのです」

とんでもないことを告げる。

作戦部の手落ちとは、最高責任者であるキールの手落ちでもある。

面と向かって暗に批判され、言葉を失う。

「何だと」

「これは、私の機関の仕事です」

諜報部。

作戦部とは、まさに水と油の存在。

作戦部の最高責任者。

諜報部きっての、新進気鋭のやり手。

この両者が対峙する。

形勢は、キールに不利である。

「閣下は、兵隊を必要な時に動かしてくださればよい」

既に相手を対等としてみていない。

そんな雰囲気を察して。

「ろ・六分儀!私がジオフロント探索の指揮官だ。忘れたのか」

珍しく感情をむき出しに叫ぶ。

「もちろんです」

あくまで慇懃な態度を崩さない。

「私が政府の密命を受けていることも、お忘れなく」

最後に牽制の一言。

そう、六分儀は中央にまで手を回して、この処置を取らせている。

そこまでしてこの計画に固執する、六分儀の真意。

鉄面皮の奥に隠されて、窺うことさえできない。

「では、失礼。我々には時間がありませんので」

さっさと出ていってしまう。

残されたキールと、その他の幕僚たち。

「く。諜報の青二才が・・・」

悔しそうにつぶやく。

それは、さっきの言葉を自ら認めたことを暗に意味する。

 

Scene-20 暗黒の帝国

がちゃり。

重厚な樫の扉が開く。

「よく眠れたかね」

中の様子を見る。

室内は、ベッドと机。それに鉄格子のはまった窓。

ベッドの端にレイは座っている。

机の傍に用意させた着替え。

幾通りか準備させているが、ほとんど手をつけた跡がない。

実際に身につけているのは、最も地味な服装。

緩やかな、白のローブ。

地味ではあるが、趣味はいい。

色白のレイには、よく似合っている。

ただ、首から下がっていたペンダントは、今はない。

それまでは黙ってうつむくだけのレイ。

訪問者が六分儀と気づくと。

「碇君は?碇君に会わせて」

脇目も振らずに懇願する。

それを無視して。

「流行りの服は嫌いかね」

答えないだろうと思ってあえて問う。

やはり、答えはない。

「彼なら安心し給え。あの石頭は、私のより頑丈だよ」

昨日空瓶で殴られたことを持ち出して皮肉る。

幾分かは落ち着きを取り戻しているものの、まだ不安そうである。

「来給え。是非、見てもらいたい物がある」

口調は丁寧だが、反論の余地はない。

そのままレイを連れて地下へ。

直通のエレベータがあるので、ほんの数分しかかからない。

扉の前。

まず六分儀が、それを見てレイが立ち止まる。

「鍵はかかっていない」

レイに入室を促す。

反射的に扉を開け、中に入る。

この部屋そのものには、何もない。

目につくのは、前方の大きな扉だけ。

六分儀が機械を操作すると、軋みをあげて扉が開かれる。

「入り給え」

はっきりと促す。

レイが入り、その後に六分儀が続く。

真っ暗。

だが何となく、広い部屋だと感じる。

「そこだ」

脈絡もなく切り出す。

ぱちん。

背後の六分儀が、部屋の明かりを点ける。

いきなり部屋全体が明るくなる。

やはり大きな部屋。

ちょっとした格納庫ほどはある。

その中に。

「きゃっ」

人が倒れている。

いや、それの輪郭が人に見えるだけ。

大きい。

大きさだけでも十人分はある。

よく見るとその姿は、人からあまりにかけ離れている。

紫を基調とする体色。

額の部分に、角が一つ。

物語の中の、悪魔を思わせる。

その双眸に、光はない。

胸に当たる部分には、大きな亀裂。

隙間から、体内が見える。

そんな巨大な物体が、床に寝かされている。

「これは・・・・」

「すさまじい破壊力をもつ、ロボットの兵隊だよ」

ロボットと言わざるを得ない。

しかしこれはある意味、人に近い。

大きさを除くと。

「こいつが空から降ってこなければ」

そう、これは空から突然降ってきている。

注意してみると、その時の衝撃のせいか、左足に大きな損傷がある。

「誰もジオフロントを信じはしなかったろう」

言外に、ジオフロントの存在が軍の中では信じられていることを示す。

碇君がこれを聞いたら喜ぶだろうか・・・。

場違いな疑問がよぎる。

「だから福音の名を取って、エヴァンゲリオンと呼んでいる」

ジオフロントへの道を示す福音と言うわけである。

「エヴァは、地上で作られた物ではない」

足元を指し、講義は続く。

「その体が金属なのか粘土なのか。それすら我々の科学力では不明だ」

ふと生徒の方を見やる。

すっかり脅えている。

「脅えることはない。こいつは初めから死んでいる」

少なくとも今まで、動き出したとの報を受けていない。

また今までの研究で、エヴァの体内では何の変化も起きていないことを知っている。

そんな事よりも、今ここまで連れてきたのには、理由がある。

「そこを見給え」

亀裂の入った胸元を指す。

六分儀に言われて恐々覗き込む。

これは・・・。

思わず口を衝いて出る。

「これは・・・」

信じたくない。

私の持っている石と同じ。

ただ、こちらの方はとても大きい・・・。

隙間から覗く体内。

心臓に当たる部分。

人一人分はある。

巨大な光球。

「これと似てはいないかね。この石は」

レイのペンダントをかざして尋ねる。

「こいつは君の手にある時にしか働かない」

「何故分かるの・・・?」

「さっき兵士につけて、要塞の上から落とした」

「何てことを・・・・」

「おかげで兵を一人無駄にした」

怒りに震えるレイをそのままに、六分儀の独白は続く。

「石は持ち主を守り、いつの日にか」

眼鏡の奥で、すっと目が細くなる。

ここからが肝心な話題。

「天空のジオフロントへ帰る道標として君に受け継がれたんだ」

「そんな!私何にも知りません」

頭の中が真っ白になる。

そんなこと言われたって!

さっきまでの怒りもあって、涙目になる。

「石が欲しいならあげます。私たちを放っておいて・・・」

鳴咽が込み上がる。

「君は、ジオフロントを宝島か何かのように考えているのかね」

あれは確かに宝島としての側面をも持つ。

だが、それだけではない。

それを、六分儀は知っている。

「ジオフロントはかつて、恐るべき科学力で天空にあり」

声を張り上げて宣言する。

アダムと呼ばれる人々の技。

人の意志を取り込んで結晶にする光球。

その強い力。

「全地上を支配する恐怖の帝国だったのだ」

だった。

数千年も昔の事実。

今となってはどの文献も、ほのめかし程度にしか記されていない事実。

それを伝えるのは、目の前の娘と、もう一人だけ。

それも今は、いない。

「そんな物がまだ空中をさまよっているとしたら」

説得に入る。

これまでの諜報活動で磨いた話術が冴える。

「平和にとってどれだけ危険なことか、君にも分かるだろう」

最大多数の最大幸福。

一見無理な要求でも、この衣に包ませればもはや反論を許さない。

「君に協力して欲しい」

一転して穏やかな口調を作る。

逃げ道を作った上で、追いつめておく。

たいていそこへ逃げ込んでくれる。

「光球にジオフロントへの道を示させる呪文か何かを君は知っているはずだ」

残念なことに、説得相手はすっかり錯乱している。

あまりに刺激がきついためであろう。

既に一人では、受け止めかねている。

「本当に知らないんです。碇君に会わせて」

やれやれ。

すっかり冷静さを欠いている。

まぁ、この状況でそれも無理な相談か。

「私も手荒なことはしたくない。が・・・」

かりそめの穏やかさを脱ぎ捨てる。

「あの少年の運命は、君が握っているのだよ」

最終手段。

含みどころか、露骨に言う。

相手もさすがに聞く耳を持ってくれている。

「え?」

「君が協力してくれるのなら、あの少年を自由の身にしてやれる」

直接的な交換条件。

ここまでやれば、断る可能性は限りなく低い。

そして、とどめの一言。

「レイリア・トエル・ウル・アダム」

明らかに相手は驚いている。

「どうしてそれを・・・・」

そう、本人以外には誰も知らないはずだ。

だからこその秘密の名。

それだけ、与える衝撃も大きい。

「ウルはアダム語で王。トエルは真を意味する」

だから、この名の示す意味はこうなる。

「君はアダムの正当な王位継承者。レイリア王女だ」

だからこそ、この石は守っているのだ。

その正当な持ち主を。

適格者を。

それが、これに込められた意志だから。

 

Scene-21 再会と別れ

がちゃり。

厚い木の扉が開かれる。

出ろ。

簡潔な命令。

なす術もなく床に寝転ぶシンジ。

その一言に目を覚ます。

起き上がって、外に出る。

見慣れた顔が見える。

「綾波!」

向こうも駆け寄る。

「碇君、怪我は?」

「大丈夫。綾波は?酷いことされなかった?」

互いにいたわりあう。

それに割り込む黒服。

碇君、君を誤解していた。許してくれ給え。

不思議そうにそちらを見やるシンジ。

君がこの方を海賊から守るために、奮戦していたとは知らなかったんだ。

「綾波?一体・・・・」

何があったの?と、言おうとして遮られる。

「碇君。お願いがあるの・・・」

悲しげにつぶやく。

「ジオフロントのこと、忘れて」

え?

「何だって・・・?」

つけ足すように黒服が言う。

ジオフロントの調査は、綾波さんの協力で軍が極秘に行うことになった。

君の気持ちは分かるが、どうか手を引いて欲しい。

「だって、綾波。だって・・・・」

言葉が続かない。

「ごめんなさい色々迷惑かけて。ありがとう。碇君のこと忘れない」

どうしてそんなこと言うの?

だって、綾波は僕の夢を・・・。

分かってくれたんじゃなかったの?

耐え切れなくなり、レイはくるりと身を翻す。

奥の方へと、走り去る。

「待ってよ綾波!待って!」

追おうとするシンジを、黒服が取り押さえる。

君も男なら、聞き分け給え。

そんな声も、耳に入らない。

ひたすら、もがく。

ばたん。

扉が閉められ、レイの姿が消える。

それを合図に体の力が抜けていく。

ぐったりするシンジを見て、黒服は満足そうに締めくくる。

これは心ばかりのお礼だ。取っておき給え。

金貨を数枚、握らせる。

そのまま、レイの消えた扉の向こうへ去って行く。

後には、茫然自失のシンジだけが残される。

 

Scene-22 二つの惜別

歩み去るシンジ。

その足取りは、限りなく重い。

振り返ることも忘れ、ただ、歩く。

それを見下ろす窓。

今にも泣き出しそうなレイ。

かたわらにはこの人がいる。

だからまだ、泣いては駄目。

「思い出し給え。この石を働かせる言葉を」

ペンダントを恭しくかける。

「約束さえ果たせば、君も自由になれる」

嘘。

信用できない。

でも、今はそんなことよりも・・・・。

ばたん。

用件だけ告げ、六分儀は帰って行く。

「碇君・・・・・」

こらえ切れず、窓枠にすがって泣く。

鉄格子の冷たさが、一層悲しさを駆り立てる。

その声は、廊下の六分儀にも聞こえる。

平静は押し殺している感情が、少しだけ蘇る。

済まない、綾波君。

そして、済まない。シンジ・・・・。

いつか、分かってくれればいい。

いや、分かってくれなくてもいい・・・・。

次の瞬間には、元の鉄面皮に戻り、歩み去る。

 

Scene-23 失意

夕暮れの第三新東京市。

とぼとぼと歩みを進める一つの影。

何もかも失った。そんな風情である。

肩を落とし、俯いたまま、機械的に足を動かすだけ。

町並みが見える。

親方の家も近い。

誰かがいる。

が、もはやどうでもいい。

とぼとぼと歩くシンジ。

その誰かとは、実はアスカ。

朝から家の周りをうろうろしている。

バカシンジは何処だろう・・・?

あ、いた!あんな所に。

目標を目ざとく見つける。

「バカシンジ!」

大声を上げる。

だが、反応がない。

こちらの姿が目に入っているかさえ、怪しい。

「バカシンジ!あれからあの女と、どこに行ってたのよ!」

やはり、反応がない。

アスカの声を聞きつけ、キョウコが現れる。

「シンジ、心配してたのよ。あれっきり姿が見えなくなっちゃって」

見ると、シンジしかいない。

守ってあげているはずのあの子は?

「あの子はどうしたんだい?」

キョウコの声にやっと、口を開く。

「もう、いいんだ・・・」

のろのろと話す。

が、うつむいたまま。

顔を上げようともしない。

「え?」

それを合図に、脱兎のごとく駆け出す。

「どうしたってのよ!バカシンジ!」

背後から叫び声が追いかける。

それに構わず、しゃにむに走る。

心の中の何かを追い払うために。

朝とは逆の方向へ。

朝とは違い、たった一人で。

涙がこぼれそうになる。

ばた。

石に躓いたのか、地面に倒れ込む。

握っている金貨がこぼれる。

地に伏せるシンジ。

糸の切れた人形。

そのまま、動かない。

いくらか経って、のろのろと起き上がる。

ぼんやりとした眼は、散らばる金貨に止まる。

こんな物と引き換えに、大切な何かを失った。

大切な、僕の夢。

いや、それだけじゃない。

綾波がいなくなった。

せっかく友達になれたのに。

僕の夢を分かってくれたのに。

それが、それが・・・。

こんな物のために・・・。

悲しみとともに、怒りが込み上げる。

何よりも、自分自身に。

何も出来ない自分に。

自分の無力さに。

金貨を睨みつける。

ざっと手に取り、叩きつけようとする。

が、できない。

振り上げた拳を、ポケットにしまう。

そして、歩き去る。

もう、走る気力もない。

家の扉の前。

これからまた、一人だけの生活に戻る。

今朝までのことは全て夢?

そう思いたくはないが、そう思いそうになる。

重い手が、ドアノブにかかる。

その寸前。

 

Scene-24 現実への直視

ばたん。

中から扉が開かれる。

予想外の事態に、どう対処していいか分かっていない。

力強い手が、自分を引き込む。

ばたん。

乱暴に扉が閉められる。

「は・離してよ」

抗議だけはする。

もちろん、無視される。

「騒ぐんやない」

そのまま、縄で後ろ手に縛られ、床に座らされる。

自分の家とは思えないありさまが、視界に飛び込む。

朝出会った海賊たちがいる。

それはまだしも、この部屋の乱雑さはどうだろう。

きれいに整理していた部屋は、もうぐちゃぐちゃ。

机の上には食べ散らかした跡。

空の酒瓶がそこら中に転がる。

そんな中、まだ晩餐は続いている。

現に一人の女性が、機械片手に食事中。

今までの常識を覆す光景に、頭を抱えたくなる。

おそらく、この人がミサト・・・。

「ちょっち借りてるわよん、ぼ・お・や」

軽い調子で、気楽に言ってのける。

「出てってよ!ここは、僕の家だよ!」

あまりの理不尽さに、怒りが蘇る。

「偉そうなこと言うんじゃないの」

駄々っ子をたしなめるかのように。

「女の子一人守れないお子様の癖に」

それを非難する立場にあるのだろうか。

客観的には疑問である。

が、今のシンジにとってはどうでもいいことではある。

「な・・・・」

図星を衝かれて絶句している。

「こいつ、金貨なんか持ってますよ」

ナイフなどの危険物を探すつもりで、ポケットの中を漁っている。

ミサトに示しながら、報告するケンスケ。

それを聞き、ミサトは。

「やれやれ。女の子を金で売ったの?」

心底、愛想を尽かせたかのように。

事実、かなり呆れている。

「違う!そんなことするもんか!」

本気で反論する。

そんな風にだけは、思われたくない。

そんな風にだけは、思いたくない。

「その金で、手を引けっていわれたんでしょう」

質問と言うより、事実の確認。

昼間は大人相手に大活躍だった子。

その子が独りで戻ってきている。

しかも暗い表情で。

それだけでミサトには、あの後の経緯を推測できる。

「綾波が、そうしろって言ったんだ。だから・・・・」

語尾を飲み込む。

さすがに、おめおめと帰ってきたとまでは、言えない。

「ふっ」

一笑につす。

あまりに幼稚な展開。

これではわざわざ予想するまでもない。

「で、逃げ帰ってのこのこ帰ってきたってぇの!?」

黙り込む。

分かりやすすぎるわね。

はい、そのとおりですと言っているようなもんじゃないの。

「なっさけないわねぇ。それでも男の子!?」

ばん。

机を叩きつけて怒鳴る。

本気で怒っている。

客観的には、そんな筋合いはないと思うのだが。

さすがにシンジもそれに気ついてきている。

「威張らないでよ。ミ・ミサトさんたちだって綾波を狙ってたでしょう?」

そこはかとなく弱気。

相手は鬼ごっこの鬼なのに、面と向かうと呼び捨てにできない。

それだけミサトの形相が凄まじいと言うことでもあるが。

「あったりまえじゃないの」

何を言ってるのといった様子。

怒りの色は取れている。

もとより演技の色が濃い。

本当にシンジの不甲斐なさを怒っていることもまた事実。

「海賊が財宝を狙って、何処が悪いっての?」

無茶な理屈だが、いい得て妙。

「おかしなのは、あいつらよ」

軍のことを指す。

「なぜこそこそとあの子をさらったりしたんだろうねぇ?」

尋ねているようにも取れるが、そうではない。

ミサトには既にその理由が分かっている。

女の勘、と言う奴である。

「ねぇ僕?あいつらがあの子を生かしておくと思う?」

これも疑問ではなく、反語。

「綾波が、そう言ったぁ?ばっかじゃないの!?」

さっきのシンジの口調を真似して、罵倒する。

「あんたを助けるために脅かされてやったに決まってるじゃない!」

そうか。

分からなかった。

いや、薄々分かっていた。

なのに、認めたくなかった。

僕は、綾波を守るって誓ったんだ。

なのに、実際には綾波に守られてばかり。

それを認めたくなかったんだ。

何て僕は馬鹿なんだ!

結局自分のことしか考えていないじゃないか。

縛られていなければ、我と我が身を殴りつけているところ。

「よく分かりますね。ミサトさん」

「伊達に女を長いことやってるんじゃないわよ、マヤちゃん?」

そこではっとするミサト。

「って、何言わせんのよ!」

取りあえず近くの日向に当たる。

「ぼ・僕は何もいってないじゃないですかぁ」

「五月蝿い!」

そんなどつき漫才には目もくれず、ひたすら自己嫌悪に陥るシンジ。

「それにしても」

シンジの方を向き、遠い目をする。

「泣かせるじゃないの。男を助けるためのつれない仕種」

そうか。

そうだったんだ。

綾波は僕なんかを助けるためにあんなことを・・・。

どうしているだろう、今頃。

ごめんよ、綾波・・・・・。

「あたしとそっくりと思わない?」

周囲に同意を求める。が、反応なし。日ごろの行いの賜物である。

「あんたたちも嫁にするんなら、ああいう子になさいよ」

「で、ミサトさんみたいになるんですか、あの子が?」

とても信じられない。

そう顔に書いてある。

シンジを除く男性陣全員が、そうである。

だが実際に口に出したのは、日向だけ。

即座にミサトの一撃を食らって悶絶する。

体勢を戻し、マヤへと向き直る。

「マヤちゃんも、あたしみたいにならなきゃ駄目よ」

「そ・そうですね・・・」

冷や汗もので、お茶を濁すマヤ。

そんな風に漫才を続ける海賊たち。

その一方で、自らをさいなんで止まないシンジ。

そんな状況を、けたたましいベル音が破る。

じりりりりり・・・・。

ミサトの傍にある機械から鳴っている。

慌てて受話器を取る。

ただの電話ではない。

軍の無線を傍受している最中である。

途端に顔が引き締まる。

「暗号を変えても無駄なのに・・・」

片手でメモをめくる。

頭の中で翻訳が行われる。

そして、ある情報として伝わってくる。

「飛行戦艦を呼び寄せたわね」

にやりと微笑む。

 

Scene-25 男になる時

これは面白くなってきた。

そうミサトの顔に顔に書いてある。

「あの子を乗せて出発する気ね」

ミサトの洞察力が発揮される。

「急がないと手後れになる」

何としてもその前に奪い取らないと。

「総員出撃用意!ぐずぐずしてるんじゃないわよ!」

号令がかかり、あわただしく準備に入る一同。

「綾波をさらいに行くの・・・?」

徹底的に言い負かされたせいか、弱々しい声。

「嫁さんはいいよ。光球だけさ」

さっきの皮肉をそのまま引用する青葉。

「石だけじゃ駄目なんだよ!あの石は、綾波でないと働かないんだ!」

それは自分が身を以って知っている。

声が自然と高くなる。

何とかして連れていってもらおう。そう思う。

「ミサトさん、僕を仲間に入れてください。綾波を助けたいんです!」

もはやなりふりなど、構っていられない。

「甘ったれるんじゃないわよ。そういうことは、自分の力でするものよ」

わざと挑発する。

足手まといを増やすわけには行かないとの、打算もある。

「そう・・。僕が馬鹿じゃなくて力があれば守ってあげられたんだ」

おや、さっきまでとはえらく違うわね。

何も言い返せないだろうと思って言ってやったのに。

少しは、成長したかしら。

「ジオフロントの宝なんかいらない。お願いだ」

ほう、少しは言うじゃないの。

「くぅっ。泣かせまんなぁ」

余計な茶々が入る。

「お黙り!」

一蹴する。

改めて目の前の少年を見る。

本当にさっきと同一人物とは思えないわ。

えらく自信に満ちてるじゃない。

「ま、その綾波って子も必要なら、あんたもいた方が都合もいいか」

ぼそっと、打算的な言い訳もつけておく。

だが、興味がわいてきたこともまた、確か。

この子が何処までやれるか、楽しみね。

まぁいいでしょう。

「二度とここへは戻れないわよ」

「うん」

やれやれ、すっかりその気のようね。

仕方ない。

それを、言葉ではなく行動で示す。

腰のナイフを抜き、縛ってある縄を解く。

「四拾秒で用意して」

「うん」

用意といっても、大したことはできない。

父の遺品であるゴーグルをはめ、服装を点検する。

最後にペンペンの小屋を開け、別れを告げる。

「ペンペン、親方のところで元気でね」

それだけこなして、屋根へ上がる。

そこでは既に、フラップターが三機、エンジンを暖めている。

弐号機には、トウジとケンスケ。

初号機には、日向と青葉。

そして零号機にはミサトが搭乗する。

シンジが参加するため、マヤは一人で残ることになる。

「乗って、早く!」

シンジの姿を認めて叫ぶ。

「これをあなたのベルトにつけて」

命綱をつける。

「マヤ、先にネルフへ戻ってて」

マヤは肯き、外へ消える。

「みんな、用意はいい?」

言わなくとも準備はできている。

ただ、気構えだけは別。

全員の顔を見渡す。

今宵の士気は最高。

今までは軍から逃げてばかり。

それに一矢報いるこの機会。

逃す手はない。

シンジにとっては綾波を救う唯一の機会。

逃げている場合ではない。

全員の目に意気込みを感じて、ミサトが合図する。

「発進!」

次の瞬間には、夜空に三機のフラップターが舞っている。

三本の線が彼方へと延びて行く。

目指すはもちろん、ゼーレ要塞。

「綾波・・・。待っててね・・・」

 

Act-03 第参日目 The Third Day

 

Scene-01 最強の戦艦

ゼーレ要塞。

ここがいかに難攻不落であろうとも、夜の帳だけは平等に訪れる。

いつもなら巡回の兵士以外に動く者は少ない。

が、今晩は違う。

何処を見渡しても兵士があわただしく動く姿が目につく。

特に圧巻なのは、上空の様子である。

地上の要塞を覆うほどの巨大な物体が浮上している。

戦艦ゲヒルン。

史上最大、最強の空中戦艦として建造されたばかり。

今回の探索行は、その初陣である。

地上からのサーチライトに照らされ、その雄姿を惜しげなくさらす。

発令所からも、手に取るようにその姿が見える。

「素晴らしい船だ」

素直に感想を述べる。

「どうだ、娘は白状したかね」

かたわらの六分儀に話を振る。

「いえ、まだもう少し、時間がいります」

こちらもありのままを報告する。

もっともこれに関する限り、嘘のつきようがない。

普通なら計画の遅延には五月蝿い将軍も、今だけは寛容である。

「構わん。空中でたっぷりと締め上げてやれ」

計画の完遂を信じて疑っていない。

特に要であるゲヒルンが手中にある。

そのため、今宵は特に上機嫌である。

「夜明けとともに、娘を乗せて出発だ」

順風満帆。

そう固く信じている。

ゲヒルンが、発令所に係留されるようである。

朝一番の出発を控え、準備が急ピッチで進められる。

 

Scene-02 追憶、そして

見るとはなしに外を見る。

あの時飛行船の中でしていたように。

碇君、どうしているかな・・・。

助けるためとはいえ、あんな心にもないことを言ってしまった。

怒っているだろうな・・・。

もう、許してくれないだろうな・・・。

でも、ごめんなさい・・・。

どうしてよいか分からない。

ふと、昔の記憶が蘇る。

まだレイの母が元気だった頃。

まだレイがほんの子どもだった頃。

それは困ったねぇ。

母のかたわらで、泣きじゃくるレイ。

そうだ、レイ。いいこと教えてあげる。困った時のおまじない。

おまじない?

そう、ふるーい、古い、秘密の言葉。

どんな言葉だろう。

リーテ・ラトバリタ・ウルス。アリアロス・バル・レトリール。

リーて・・・あ・・・・?

我を助けよ。光よ蘇れと言う意味なの。

だから困った時のおまじないなのか・・・。

そんなこともあったわね。

ふと、懐かしくなる。

ただ、教えてもらったきり、今まで使ったことはない。

どうなるんだろう。

ひょっとして、碇君に会わせてくれるんだろうか。

だったら、やってみよう。

「リーテ・ラトバリタ・ウルス。アリアロス・バル・レトリール」

小声で、つぶやく。

沈黙。

やっぱり、何も起きないのね。

そう思いかけた時。

胸元のペンダントが光を放つ。

今度は今までにないくらい強い輝き。

「!」

あの時と同じ、光の壁がレイを囲む。

レイを包み込むだけではない。

一本の束となって周りを襲う。

光の奔流はまるで嵐のように、辺りにある調度品をなぎ倒す。

もともとこの壁は、あらゆる物を寄せつけない。

それが蛇のように部屋をうねっているためである。

視界が赤に染まり、レイはどうしてよいのか分からない。

 

Scene-03 異変

レイの部屋は四六時中、監視されている。

異変があれば、即座に六分儀のもとへ寄せられることになっている。

だから、レイの部屋で異変が起こっていることが、すぐ耳に入る。

六分儀は即座に結論を出す。

レイが何かした。

あの呪文を使ったに違いない。

部下の黒服を連れ、レイの部屋へ急ぐ。

ばたん。

開けるまでもない。

既に外からも部屋の惨状が想像できている。

こうして目の当たりにすると、驚きとしか言いようがない。

「すばらしい」

感嘆する。

「古文書にあった通りだ。その光こそ、聖なる光だ」

「聖なる、光?」

血の色なのに?

こんなに荒れ狂っているのに?

そんな疑問をよそに、六分儀はレイへと近づく。

「うわっ」

が、近寄れない。

うかつに近づくと、直撃を食らう。

周りの調度品のありさまが、その後の運命を物語る。

「どんな呪文だ。教えろ、その言葉を」

すっかり目が血走っている。

いつもの六分儀では、決して見せない表情。

 

Scene-04 覚醒

地下格納庫。

エヴァンゲリオンと呼ばれる物体が眠る場所。

六分儀が判断していたように、確かにこれは死んでいる。

光球が目覚めるまで、一切の活動を止めているのだから当たり前である。

もっともそんな事情を知る者はない。

この仮死状態は光球が目覚めるまで。

今、光球は目覚めている。

だからこの物体も、今が目覚めの時。

それまで何の光も見られなかった目が強く光る。

ゆぅるりと、頭を起こす。

それにつられるかのように、両手が動き出す。

半身が起き上がる。

いざ立ち上がろうとして、左足の異常に気づく。

瞬時に回復する足。

胸の亀裂も消え失せる。

今置かれている状況を把握する。

天井が低いので、四つん這いになる。

行動開始。

光球の持ち主の下へ。

適格者を守るため。

場所は、この上。

光球が導いてくれている。

とにかくここから出ることが先決。

外の宿直は、半ば眠りの中にいる。

が、突然の物音に現実へと連れ戻される。

今まで物音一つしたことのない、奥の格納庫。

何かがうごめいている。

それが幽霊にしろ、あのロボットにしろ。

どちらにしても自分の手には、遥かに余る。

が、報告をしなければならない。

それが仕事だから。

そのためにも、何者かを確認しなければならない。

恐々、格納庫を開ける。

中からはいでてくるのは当然、さっきのエヴァである。

う・動いたぁ。

恐怖が襲う。

エヴァはそんなことには関係なく、移動を始める。

が、扉が邪魔で、うまく出られない。

もがいている間に、慌てて電話にかじりつく。

ろ・ロボットが生きています!もしもし!

本当の恐怖は、これから始まる。

赤い光がエヴァを包むや、扉は原形もとどめぬほど、変形する。

電気系統がショートし、爆音が響く。

十分に開いたそこから難なく這い出すエヴァ。

目標は、依然上部にあり、動かず。

光球の反応から、そう判断する。

手近にある螺旋階段を上り出す。

あまりのことに、宿直の意識はそこまでとなる。

 

Scene-05 破滅の序曲

爆音は、遥か上にあるレイの部屋にも届く。

その瞬間、光球の輝きが収まる。

今はぼんやりと輝くだけ。

呆然とそれを見守る一同。

振動で要塞が揺れ、時折派手な爆音が繰り返される。

報告を受けるまでもない。

異変が起こっていることは明白。

六分儀は一つの結論を導く。

とっさにレイの手を取る。

「来い」

そのまま、吹き抜けへと出る。

地下格納庫の真上。

渡り廊下から、下を覗き込む。

何かあるとすれば、ここしかない。

そして、その予測は正確に的中する。

自分たちがエヴァと呼んでいる物体。

炎と煙の向こうにちらちらと見える。

それが、こちら目指して這い上がっている。

階下では重機関銃を持ち出し、食い止めようとしている。

だが、全く通用していない。

弾が近づくや、八角形の壁が展開し、全て受け流されてしまう。

人知を超える存在。

恐怖し、逃げ出す兵士たち。

とうとう、物理的に隔離することになる。

火災用など、本当の非常時にのみ使われる隔壁。

要塞の外壁波の強度を誇る。

これを破る兵器は、この世に存在しない。

そう設計してある。

隔壁が閉じられ、エヴァの姿が隠れる。

だが、それも一瞬のこと。

隙間から赤い光がほとばしる。

と思うと、隔壁は跡形もなく蒸発する。

あまりの力の差に、なす術もない。

ふと、エヴァと目が合う。

正確には、エヴァがレイに目を留めている。

その瞬間。

背中から光の翅が展開される。

一対。

二対目が広がる。

そして、三対目も現れる。

「飛ぶ気か!」

その通り。

翼をはためかせると、一気に上を目指す。

途中、階下の渡り廊下に激突するも、全く意に介さない。

その衝撃で六分儀の手が、レイから離れる。

思わず逃げ出すレイ。

追おうとするが、目前まで迫りくるエヴァに、追跡を諦める。

こうなっては、あの手段しかない。

レイとは反対側に逃げ出す。

六分儀の予想通り、エヴァはレイを追ってきている。

エヴァの役割は適格者を守ること。

だが残念なことに、レイはそれを知らない。

自分を襲いに来たと思い込んでいる。

ただ、逃げるだけ。

そうするうちに、塔の頂上に来ている。

風に煽られる。

その途端、光球がまた輝きを増す。

今度は、空の一点を指している。

「空を指してる・・・」

夜明け。

太陽の出る方を指している。

その時六分儀は、もう一つの塔の上。

同じように光球の指す方向を見ている。

「あの光の指す方向に、ジオフロントがあるのだ・・・」

あの時とは違う。

今度は目印があるのだから。

いらいらと、部下の方を見やる。

「まだか?早くしろ!」

通信の用意をさせる。

 

Scene-06 謀略

作戦部第一発令所。

将軍はじめ幕僚たちは、この突発事件の処理に追われている。

「爆薬を使う?馬鹿者」

部下が立てる作戦を一蹴する。

「要塞をふっとばすつもりか?」

実際にそうしても、果たしてエヴァを食い止められるのか。

疑問ではある。

突然、回線が切断される。

「もしもし。おい、どうした?」

返事がない。

六分儀たちの仕業である。

第一発令所へのすべての回線を切断し、自分の回線にそれをつなぐ。

この火事場に乗じて、要塞の全指揮を取ろうとの策である。

つながりました。

黒服の報告を受け、通話を始める六分儀。

「私だ。六分儀だ。エヴァにより通信回路が破壊された」

状況を逆手に取り、エヴァをいいわけに使う。

「緊急事態につき、私が臨時に指揮を取る」

はっきりと、宣言する。

「エヴァは北の塔の少女を狙っている。姿を現した瞬間をしとめろ」

肝心な注意事項をつけ足す。

「砲弾から信管を抜け。少女を傷つけるな」

もしそのまま発射させれば一巻の終わりである。

六分儀の指示どおり、要塞の砲塔が回転する。

 

Scene-07 倒れる、巨人

その頃にはもう、エヴァがレイに接触を始めている。

背中の翅は、もう消えている。

近づこうとするエヴァ。

脅えて逃げるレイ。

すると、レイの胸元から、一筋の光が伸びる。

エヴァの胸へと、吸い込まれる。

近づくのを止め、恭しくお辞儀する。

中世の騎士がするようなお辞儀。

敵じゃない。

私を守ろうとしてくれている。

そう直感する。

恐怖が消えたことを知り、レイへと手を伸ばす。

あと少しでレイに手が届く瞬間。

一発の砲弾が放たれる。

完全にレイへ注意を向けているため、壁を展開する暇もない。

もしあったとしても、展開はできない。

レイを巻き込む危険があるからである。

すっかり不意をつかれ、砲弾が胸に食い込む。

その衝撃に打たれ、レイは床に叩きつけられる。

弾みで塔の下へと転がり落ちる光球。

瞳の光が消え、エヴァはのけぞるように倒れ込む。

ずん。

周囲は大歓声に包まれる。

少女を保護せよとの六分儀の指示。

指示通り、兵士たちは塔の外壁をよじ登る。

ぴくりとも動かない巨人を確認し、また歓声を上げる。

やった、ぺっちゃんこだ。

すげぇ。

娘を捕らえろ!

さまざまな声が行き交う。

レイの傍に兵士が近寄る。

死んだか?

おい起きろ。

気を失っているだけだ。

立て!

当然だが、目の前の少女に言ったつもりである。

だが実際に起き上がるのは、少女ではない。

背後の巨人。

むくりと起き上がる。

うわ!生きてる!

瞳に再び光が宿る。

傷を再生する暇はないと判断し、とりあえず周りの兵士を排除する。

もっともそんなことをしなくとも、勝手に塔から飛び降りる者さえいる。

すっかり兵士が逃げ去るのを確認し、レイを抱えて立ち上がる。

この一帯にいる敵を排除するために。

左手にレイを抱きかかえ、立ち上がる。

顎が開いて行く。

ふぉぉぉぉ・・・・・・。

魂を凍らせるような、獣の雄叫びが木霊する。

見る目から、狙う目に変わる。

開いている右手を前に突き出す。

右手に光の壁が展開し、それが一点に収束する。

そこから、一条の光が放たれる。

さっきエヴァを狙った砲台を貫通。

目標は、即座に爆発して消滅。

目標をどんどんと変え、攻撃は続く。

各所に設けられた砲台は、あっと言う間にほとんどが大破。

予想外の事態に慌てふためく兵士たち。

もはや打つ手がない。

なす術もなく攻撃を受けるのみ。

難攻不落の要塞は、実に呆気なく落城寸前。

炎と煙の向こうに立つ巨人。

破滅の元凶が、再び雄叫びを上げる。

見る者全てを畏怖させる。

まさに、悪魔。

ふと、レイの意識が戻る。

さっきまでとはあまりにかけ離れた惨状。

炎、黒煙。

悲鳴、断末魔。

目を大きく見開く。

自分を抱きかかえる手。

その持ち主の顔を覗き込む。

全く攻撃の手を緩めない。

「止めて!もう止めて!お願い」

悲痛な叫びは、だが爆音にかき消されるだけ。

 

Scene-08 目標発見

フラップターは一路ゼーレ要塞を目指す。

森を越え、丘を越え、夜っぴて飛び続けている。

しがみつく手がしびれて仕方ないが、我慢する。

こんな所で笑われたくはない。

この丘を越えると、もうすぐ見えるはず。

丘を越えると、とんでもない光景が目に飛び込む。

巨大戦艦が浮上しているのは分かっている。

あのゼーレ要塞が、派手にやられているのはどう言う訳か。

一個所、二個所だけではない。

ほぼ壊滅といっていい。

「どうしたってのよ!まさか、戦争!?」

そう思うのも無理はない。

密かに忍び寄り、騒ぎを起こしてその隙に逃げ去るつもりが。

これではとてもそれどころではない。

さりとて今更引き返すわけにも行かない。

「行こう、ミサトさん」

まぁ、迷っても仕方ないか。

「船長って呼んでね」

冗談めかして、突入決定。

「ケンスケにトウジ、もっと低く飛んで!」

あまり高度を取りすぎると見つかりやすくなる。

地上すれすれを飛ぶのがいい。

「ミサトさん!ゲヒルンが動き始めました」

ただでさえこれだけの非常事態である。

どんな意図で動くのか、想像もつかない。

「このまま行くとあいつの弾幕に飛び込むわね」

距離からそう計算する。

「くっ、残念ながら出直しね」

それを遮るかのように、シンジが悲鳴をあげる。

「あそこだ!綾波がいる!」

「何ですって!」

黒煙の向こう。

何か大きな物と一緒にいる。

もともと視力はいい上、綾波を守ろうと固く誓っている。

だからこの中の誰よりも、早く発見できている。

「このまま真っ直ぐ飛んで!小さな塔の上にいます!」

目標の位置が分かった以上、引き返すのもしゃく。

危ない賭けだけど、それもまたいいか。

「女は度胸よ!みんな、援護して!」

要塞の壁すれすれに飛んで近づき、目標をさらって逃げれば大丈夫。

そう踏んだ上である。

 

Scene-09 救出

あやなみー。

そんな声が聞こえる。

幻聴?

エヴァにしがみつきながら説得を続けるレイ。

そんな中、煙の向こうから懐かしい声がするように聞こえる。

まさか。

「あやなみー!」

き・来てくれたんだ・・・。

一気に喜びが顔に出る。

「綾波、今行く!」

「碇君!」

確かめ合うかのように、名前を呼び合う。

夢じゃない。

本当に、来てくれた。

どうやら、綾波の立っている位置に近づくのに苦労しているようだ。

爆煙のために視界が悪く、建物の瓦礫が思わぬ障害物になっている。

「ミサトさん!もっと寄せて」

零号機から身を乗り出し、さらに腕をレイの方に伸ばして叫ぶ。

だが、これ以上は危険である。

フラップターの羽がもし、何かに接触すれば、墜落は免れない。

今も塔の壁にかすり、バランスを失っている。

「あやなみー!」

一進一退を繰り返すシンジ。

「碇君!」

そんなシンジに近寄ろうとする。

そのレイをエヴァの手がつかむ。

「いや!離して!」

すっかり誤解して叫ぶ。

エヴァはそのまま、塔の縁へとレイを乗せる。

え?

誤解していたことに気つき、エヴァに向き直る。

エヴァはまた、恭しくお辞儀をする。

見方を変えると、別れの挨拶にも見える。

レイもそれに気づく。

が、あまりにも遅すぎる。

ずん。

上から砲台が火を噴く音がする。

さっき砲弾が当たった場所。

同じ所を二度貫かれて、中の光球が壊れる。

苦しげに倒れ込む。

活動限界を悟るエヴァ。

名残押しそうに差し出す指を、握り締める。

「い・いやー!」

悲惨な現実を追い払うかのように、絶叫する。

「碇君!」

一方シンジたちは、この爆撃を避け、少し離れたところにいる。

「あやなみー!」

鈍い音がする。

さっきの爆発で四散した破片が、ミサトを襲ったからだ。

気絶するミサト。

「ミサトさん!」

無論、答えはない。

操縦桿が手から離れ、現行姿勢のまま落下して行く零号機。

何とか操縦桿をつかむシンジ。

見よう見まねで操作する。

だが、前後左右に上下運動まで可能なだけに、その操縦にはコツがいる。

なかなかコツがつかめない。

地面が段々近づく。

駄目かと思われたその時、奇跡的に動き出す零号機。

一度動かせれば、後は何とでもなる。

早く綾波のところへ戻らないと。

さっきの塔へと戻って行く。

「う・・・・」

気がついたようだ。

教えた覚えがないのに上手に操縦しているのを見て驚く。

が、今はそれどころではない。

シンジに変わって操縦する。

いったん大回りして、改めて侵入する。

「最後のチャンスよ。すり抜けながら、かっさらっちゃえ!」

「ハイ!」

塔の縁に立ち、助けを待つレイ。

「ああ・・・」

煙の向こうに待ち人が見える。

「行きます!」

「よし!」

言うが早いか、零号機にぶら下がる。

逆さになって、両手を大きく広げる。

そのままレイに向かって一直線に飛ばす。

レイの姿がどんどん大きく見える。

ちょうどその真下では。

「どけ!」

部下を連れた六分儀。

人込みを掻き分け、レイへの接触を図ろうとする。

だが、遅すぎる。

「しまった・・・」

「あやなみー!」

今度こそ、間違いなく救い出す。

塔の上にいるレイに抱きつき、そのまま飛び去る。

それを見て。

「くそ、ゲヒルンは何をしている!?」

さきほどは指示どおりにエヴァをしとめた戦艦が、なぜか沈黙している。

その答えは、上を見上げると分かる。

「煙幕か・・・小賢しい」

初号機と弐号機とが共同で煙幕を張り、巧みに零号機を隠す。

味方の兵士がまだ要塞内にいるため、闇雲に撃つわけには行かない。

見る間に飛び去る三機のフラップター。

「よくやった、シンジ・・・・」

悔しくないといえば、嘘になる。

折角の手がかりを奪われたのだから。

だが、ジオフロントの方角が分かった以上、大して問題はない。

幸い、唯一の切り札であるゲヒルンは無傷。

あとは、ジオフロントが目覚めていることを祈るだけ。

だからこそ。

シンジの活躍を評価する余裕も生まれている。

大きくなったな。

それが今の偽らざる感想である。

「六分儀、エヴァはどうした」

今頃になってお出ましか。

呆れて物も言えない。

が、任務だから仕方ない。

いつもの顔に戻る。

「破壊しました。娘はあそこです」

「な・なに・・・・」

呆然としている。

「えーい。何をぼやぼやしている。火を消せ!追跡隊を組織しろ!」

今更のように、指示を出す。

部下が呼びかける。

そんなやり取りをよそに、部下の方へ。

黒服は、さっきの塔の下で何かを指している。

まさか・・・。

光球が、落ちている。

何たる幸運。

「聖なる光を失わない・・・・・」

まだぼんやりと、輝いている。

それがすっと、額に差し込む。

「ジオフロントの位置を示している・・・・」

何も失っていない。

少なくとも、自分にとっては。

これで、問題はない。

「将軍に伝えろ。予定通りジオフロントへ出発すると」

簡潔に命じ、そこから去る。

残されたのは、大破した要塞。

それと焼けこげたエヴァの骸。

 

Scene-10 安堵

泣きじゃくる。

緊張の糸が切れ、さっきまでの悲しみが一度に襲って来る。

自分を守ってくれたエヴァが、身代わりに死んだ。

自分の石のせいで、多くの人が死んだ。

自分のせいで、碇君に迷惑をかけた。

どうしようもなく悲しい。

ただ、シンジの胸にすがりついて泣きはらすだけ。

「いいなぁ・・・・」

おもわずつぶやくケンスケ。

ここは第三新東京市上空。

フラップターの上。

さっきの救出劇の後、追っ手を撒いてここまで逃げ延びている。

「信じられっか?あの子がミサトさんみたいになるんやって」

相方に尋ねる。

平和な光景。

それを破るのはミサトである。

「あんたの家よ。まったく、とんでもない無駄足させて」

レイが光球を失ったことを指している。

せっかく作戦が成功しても、これでは何にもならない。

ミサトの機嫌が悪いわけである。

「ね・・・・」

だいぶ落ち着いたと判断し、レイをそっと離す。

レイの手を握り、二人でミサトに向き直る。

「ミサトさん。僕たちを船に乗せてください」

シンジが代表して切り出す。

「船長って呼んでって、言ったでしょ」

いらいらと返事する。

「光球も持ってないあんたたちを乗せて、何の得になるってのよ」

お願いだから、勘弁してよ。

「働きます」

「ジオフロントの本当の姿を、この目で確かめたいんです」

今度は二人がかり?

止めてよ、もう。

仲がいいのは分かったから。

ん?

まぁ、これはこれで、面白いことになるかもね。

でも、この子たちまで海賊家業に巻き込みたくはなかったわね。

「やれやれ」

いいのかしら?

後で後悔しても、知らないわよ。

「宝は要らないとか、ジオフロントの姿を確かめるとか」

ま、仕方ないか。

純粋そうだしね、この子たちって。

「海賊船に乗るには動機が不純ね」

逆説的な皮肉を言う。

が、これは承諾をも意味する。

いつもミサトにつき合っている者なら、それがよく分かる。

「ミサトさん、連れて行くんですか?」

それに答えるように。

「変な真似したら、すぐ海に叩き込むわよ」

喜色満面の二人。

「うん!」

「はい!」

一同は

なぜか大喜び。

難色を示していたのは、実はミサトだけである。

「やったー。掃除洗濯しなくて済むぞ!」

「皿洗いもだ」

「芋の皮むきもや!」

「やっほー」

これが、その理由。

ケンスケとトウジに至っては、嬉しさのあまり弐号機でアクロバットを始める。

「君、プリン作れる?」

「え?ええ」

レイを炊事当番と決めてかかり、自分の好みを言い出す。

もっとも、自己紹介の趣旨も多分に含まれているはずだが。

「わい、お好み焼き好きなんや」

「俺ね、俺ね・・・。なんでも食う」

だんだんと話しが妙な方向になってきている。

「いいかげんになさい!」

身内の情けなさに、心底呆れている。

「まったく、いつまで経ってもお子様なんだから・・・」

思わず愚痴る。

それを聞いて、シンジとレイ。

顔を見合わせて笑い出す。

「碇君・・・」

笑いが収まると、神妙な面持ちで話しかける。

言われなくても、分かっている。

自分の家。

親方の家。

第三新東京市。

眼下に小さく見える。

さよなら・・・。

なぜか、悲しくはない。

少なくともシンジには、どうしてだか分からない。

 

Scene-11 三国一の技術屋

ずんぐりとした鳥のような姿。

それに向かって飛ぶフラップター。

船尾の扉が開いて行く。

吸い込まれるように、その中に入って行く。

先に船に戻っていたマヤが、格納を手伝う。

まずはミサトの操る零号機が入って行く。

「降りて」

簡潔に命ずる。

恐々降りたものの、初めて見る光景に戸惑う。

一歩足を踏み出す。

変な感触。

堅い床ではない。

足元をよく見ていないからである。

うっかり外壁の一部に足を突っ込んでいる。

「布?この船、布ではってある」

とっさに足を戻す。

「壊しちゃ駄目よ」

さっさと奥へ消えるミサト。

ごん。

後ろから大きな音がする。

びくんとして振り返る二人。

初号機、弐号機が順に納まっている。

それらが零号機にぶつかる音である。

「早く出てあげて。狭いんだから」

初めから見ているマヤに注意される。

急いでミサトの後を追う。

船の廊下。

手すりの下には雲が見える。

珍しい光景に、きょろきょろ見回す二人。

「われは、こっちじゃ」

首根っこをつかまれ、途中の部屋へと消えるシンジ。

「碇君!」

「取って食べやしないわよ。ついてきて」

レイだけを従え、さらに廊下を進むミサト。

そのころシンジは。

トウジに引き込まれた部屋で、やはりきょろきょろしている。

機関室。

この船の動力をつかさどる部屋。

ピストンやタービン、その他雑多な部品が所せましと並ぶ。

中でも印象的なのは、部屋の中心に並ぶ三発の巨大エンジン。

メルキオール、バルタザール、カスパー。

この三発が部屋の中心を取り囲む。

通常時には単発だけ。急速航行時には三発が共同して、ネルフ号を動かす。

初めて見る大規模なエンジンに、感心し切りのシンジ。

「遊びにきたんとちゃうやろ」

呆れるトウジ。

「凄いエンジンだね」

それには答えない。

「何処にいかはったんやろ」

別の意味できょろきょろするトウジ。

この機関室の主を探す。

技術者としての腕は三国一。

無類の猫好きさえなければ。

「リツコさん、リツコさん!」

轟音にめげじと大声を張り上げる。

金髪の女性が、床の下から姿を見せる。

それを見て。

「リツコさん!ほら、欲しがってはった助手ですわ」

トウジを見るなり黒い眉をひそめて。

「大きな声出さないでちょうだい。聞こえてるわよ」

この程度の文句には慣れているのか、全く動じる様子もない。

軽くシンジの背を叩く。

「行き」

リツコの方へ進もうとするシンジに小声でつけ足す。

「あの人、ミサトさんより恐いんよ。気ぃつけや」

警告を発する。

意味が分からないぶん、余計に緊張する。

リツコの方へ改めて近づく。

エンジンの整備だろう。

かなり苦戦している。

「狭くて手が入らないわ」

「このパッキンですね」

代わって作業する。

機械の整備は、親方のところでかなりこなしている。

腕には少し、自信がある。

特に文句も出ないし、これでいいだろう。

「あなた、名前は?」

「シンジ。碇シンジです」

よかった。

おそらく助手として認めてくれているのだろう。

「同じね」

「は?」

いけない。

やっぱり怒らせたかもしれない。

「昔飼ってた三毛猫の名前と」

「は・はぁ・・・・」

「次はこっちよ」

よかったのかな?これで。

 

Scene-12 作戦会議

同じ頃、船首部分では。

ミサト、マヤ、レイの三人が机を囲んでいる。

机の上にはこの周辺の海図、コンパス等が並ぶ。

ここはブリッジと呼ばれ、ネルフ号の操舵を司る部屋である。

そのため、観測機器も充実している。

舵を日向が担当し、観測機器には青葉がはりついている。

す、すっ。

海図に直線が入る。

「ほとんど真東ね。光球の光が指したのは?」

光球は、間違いなく軍の手中にある。

ここはレイの記憶だけが頼り。

ちょっと凄んで念を押す。

「間違いないでしょうね」

「私のいた塔から、日の出が見えました」

平然と受け流し、記憶をたどって分析する。

「今は最後の草刈りの季節だから、日の出は真東より、少し南へ動いています」

的確な推論。

ただのお姫様と思ってたら、やるじゃないの。この子。

感心するミサトとマヤ。

「光は、陽の出た丘の左端を指したから・・・」

「いい答えね」

これだけ答えることができれば上出来である。

「そっちはどう?」

無線にかじりついている青葉に尋ねる。

「駄目です。目標は完全に沈黙」

「無線封鎖して行方をくらます気ね」

日向から声がかかる。

「ミサトさん、ゲヒルンの方が足が速いですよ。どうするんです?」

いくらミサトでも、勝算のない勝負はしない。

「あたしたちは奴の風上にいるのよ」

海図を見ながら考える。

この位置だと、そうね・・・。

「貿易風を捕まえれば・・・」

かなり遅れを取り戻せるはず。

うまく行けば先回りも可能かしらね。

ん?

レイがこっちをじっと見てるわね。

ああ、やっぱりこれのこと。

「これはね、東洋の計算機よ」

要は算盤のことである。

もっとも、リツコの強硬な意見により、マギと呼ぶことになっている。

東方からきた三賢人にちなむのだから、当たらずとも遠からず。

「風力が壱拾っと・・・」

ぱちぱちぱち。

ミサトも手慣れたものである。

「なんとかなりそうね」

伝声管をつかむ。

「みんな、よぉっく聞いて」

船の隅々にまで聞こえるように。

「ゲヒルンは既にジオフロントへ出発したわ」

ゲヒルンと聞いて作業の手が止めるリツコ。

「本船はこれより追跡に入ります。風を捕まえれば明日にも接触できるでしょう」

見張り台のケンスケにも、きびきびとした声は届く。

フラップターの検査を終えたトウジは、廊下で聞いている。

「奴を最初に見つけた人に、金貨壱拾枚サービスしちゃうわよん」

軽い調子も織り交ぜる。

「ジオフロントがどんな島でも、真っ当な海賊を慰めてくれる財宝くらいあるはずよ」

一つ息を吸う。

「さあみんな、作戦開始よ!しっかり稼いでね!」

全員の顔が引き締まる。

金貨の枚数が問題ではない。

十年に一度、いや、一生に一度の大仕事かもしれないから。

ジオフロント。

かつて地上をすべた一族が、空中に作った城。

それにまつわるさまざまな悲喜劇。

神話とさえ言えるこの物語を、知らない者はいない。

その謎に迫ろうとしている。うまく行けば、お宝だって手に入る。

これで胸が踊らなければ、何に踊れと言うのだろう。

「進路九拾八、速力四拾!」

本作戦最初の号令。

整備を終えた機関室では。

シンジがリツコの指導の下、メインレバーを引く。

がちゃ。

メルキオールに続き、バルタザールが唸りを上げる。

ギアやローターの回転が、目に見えて速くなる。

外では。

トウジがウインチを回す。

左右の主翼が起き上がり、ぴんと張る。

ゆるゆると飛んでいたネルフ号は、その真価をあらわし始めている。

 

Scene-13 ネルフ号、その裏側

「可愛いんだけど、その格好」

ミサトの部屋。

作戦会議が終わり、レイを連れてここに来ている。

「でもそれじゃ何にも出来やしないわよねぇ」

白いローブのことを指している。

確かに、家事をするには向かない。

汚れは目立つし、何より動きにくい。

そこで着替えを捜している。

それはそれでいいのだが。

ぱっと見にはがらくたばかりのこの部屋。

あまりの乱雑ぶりに、レイは呆れて声もない。

たいていこう言う場合、本人だけは物のありかを熟知しているはずである。

「どこかしらねぇ・・・・・。ごめーん。ちょっち待っててね」

家捜しよろしく、箪笥を開けては引っ掻き回す。

もともと乱雑なのが、余計に散らばって行く。

この際何でもよさそうがだ、本人は妥協できないらしい。

「あ!あったあった」

その手にあるのは、クリーム色の上着と、派手なオレンジ色のキュロット。

ミサトの体格に合わせてあるので、もちろんレイには大きすぎる。

腰はベルトで、両腕と両足はゴムで止める。

「ま、こんなもんかしらね」

すると、アラビアのお姫様のような格好に生まれ変わる。

「さ、ついてきて。あなたを見込んで、早速お願いがあるの」

「はい」

廊下に出る。

非番のマヤとすれ違う。

レイの姿を認めるや、惚けたようにたたずむ。

「かわいいわ。がんばってね」

背中から、何かピントの外れた感想が追いかけてくる。

何を頑張れと言うのだろう。

がちゃり。

扉が開く。

「ここが、あなたの持ち場よ」

こと部屋の乱雑さに関しては、ミサトの部屋で耐性がついているはず。

そう思っていた。

にもかかわらず、またしても唖然とする。

炊事場であろうことだけは、辛うじて分かる。

それはいいのだが。

調理道具は散らかり放題。

コンロは油でギトギト。

もちろん、生ゴミは一面に散乱している。

文字どおり、立錐の余地なし。

どうしたらここまで散らかせるのか。

現状の把握は一瞬で済む。

その理解は永遠に不可能であろう。

「食事は一日五回で、水は節約してね」

男が多いから食事量は多い。

また空の上なので、水の補給は難しい。

それは納得がいくのだが。

「それじゃ、あとよろしくね」

注意事項を残して、炊事場を出ようとする。

が、扉を開けた瞬間。

どさどさ。

思わずレイも振り返る。

何のことはない。

トウジ、ケンスケ、青葉の三人。

もんどりうって雪崩れ込んだだけである。

扉越しに中の様子をうかがっていたのだろう。

ちなみに日向は、舵を押しつけられていて、ここにはいない。

決まり悪そうに苦笑いの三人。

ミサトの表情に、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

「何やってるの!さっさと仕事をしなさい!」

はぁぁぁ・・・・・。

思い出したようにため息をつく。

が、それで現実が吹き飛ぶわけはない。

相変わらず目の前には、死屍累々の戦場が広がる。

レイの常識は、この戦場のままでの作業を不可能と判断する。

「よし!」

腕まくりして、掃除にかかる。

その頃、ネルフ号外壁では。

シンジが船体の修理をしている。

リツコの操る命綱頼りに、緩んだネジを締め、船体の強度を測る。

数刻後。

見張りも終わって少し暇なこの時間。

きょろきょろ。

左右確認。

誰もいないことを確認し、壁伝いに廊下を進む。

小窓からいい香りが流れてくる。

間違いようがない。

目標の部屋の前にくると、再度左右確認。

やはり誰もいない。

こんこん。

ノックする。

「はい」

中から声がする。

最後に身だしなみをさっと整える。

扉を開け、中に入る。

おお。

今自分のいる場所が、目に見えて生まれ変わっている。

あれだけ汚れ、荒れ放題だった部屋。今は新品同様。

その部屋の中央には、新たな炊事場の主。

これだけの大仕事をたった一人でこなしたのか。

掃除が一段落し、今は大鍋で煮込みに入っている。

夕食のシチューだろう。

「ごめんなさい。ご飯まだなんです」

振り返ってこちらを見てくれる。

「飛行船の台所って、初めてで」

また鍋に向かう。

隠し味に何かスパイスを加えている。

「あの、何か?」

不思議そうにこちらを見やる。

「いい・・・・」

思ったことがそのまま口に出る。

「え?」

聞き返され、途端に正気に戻る。

「あ、いやいや。な・何か手伝おうかなって思って」

「まぁ、ありがとう」

きれいな笑顔を見せる。

どんな無理な頼みでも、聞いてしまいたくなる魔力があるようだ。

これが無意識に出るのだから大したもの。

「じゃぁ、そのお皿、しまってくださる?」

傍にある机を指す。

断るはずもない。

「お安いご・よ・・・・・」

御用ですと、最後まで言えない。

硬直。

皿を取ろうと机に近づくと、机の影に見慣れた顔がいる。

一人は芋の皮をむいている。

もう一人は、皿を洗っては磨いている。

なぜか二人とも、かなり消耗している。

皮むきや皿洗いで疲れるほど、二人はやわではない。

おそらく、いや、きっと、同じことを考えて来ているはずである。

「と・トウジ!お前さっき腹が痛いって。それに青葉さ・ん・も・・・」

何でここにいるんですかと、最後までは言えない。

「俺、暇なんだ。何か手伝うよ」

扉の影から、またしても見知った顔が。

「ひ・日向さん!」

結局、四人仲良く厨房に入っている。

「邪魔や、ケンスケ」

「五月蝿い、何が腹痛だ」

罵声は飛び交うが、夕食の準備は着々と行われている。

その頃、ブリッジでは。

「・・・不潔・・・・」

呟きがこぼれる。

「え?どうかしたんですか、マヤさん?」

怪訝そうに尋ねるシンジ。

「う、ううん。何でもないのよ。それより夕食、楽しみね」

「そうですね」

「愛しのレイちゃんの手料理だもんね、楽しみに決まってるか」

「そ・そんなことないですよ」

ここでもからかわれて赤くなる。

同じ頃。

「ミサトも変わったわね。ゲヒルンなんかに手を出すなんて」

チェス盤を囲んで話が弾む。

かなり手数が進み、今は終局間近。

ちなみに、駒は全て猫の形。

リツコ特製の駒である。

「勝ち目はないわよ」

リツコのナイトが、ミサトのルークを取る。

「あら、目指すはジオフロントの宝よ。無理もしないと」

お返しに、ミサトのクイーンが、リツコのルークを奪う。

「ふふふ・・・。確かにいい子ね、あの二人」

手薄の敵陣に忍び込むポーン。

「何が言いたいのよ、この猫マニア」

これを面と向かって言えるただ一人の存在。

珍しく遠回しの言い方に、いらいらとクイーンを進める。

「堅気に肩入れしても、尊敬はしてくれないってことよ」

更に前進。敵陣最深部にいたる。

そこでポーンをクイーンにする。

「何ですって!?」

今更リツコの罠に気ついてクイーンを戻す。

が、もう遅い。

「あら、これ王手ね」

しらじらしくチェックを取る。

「ふん、汚い手ばかり使って」

不貞腐れたように駒を投げ出すミサト。

溜め息一つ。

急に顔を引き締める。

「分かってるわよ、そんなこと」

さっきのリツコが言った言葉を指している。

「そう・・・・・もう一勝負する?」

にこりと微笑むリツコ。

 

Scene-14 晩餐、そして決意

にぎやかな食卓。

ミサトとリツコ以外、全員ここにいる。

もちろん、シンジも。

うまい。

さいこー。

いい。

おいしい。

異口同音に、料理を誉める。

平行して、かなりの速さで口の奥へと消えて行く料理たち。

シンジとて、例外ではない。

「凄くおいしいよ、綾波」

感じたままを口に出す。

それを聞いたレイはもちろん、言った本人も、赤くなって硬直する。

当然のように冷やかされたりするが、それはまた別の話。

それにしても、一同の食べっぷりは凄まじい。

作り甲斐があると言う域を越え、鬼気迫るものさえある。

「あの、お代わりあるから・・・」

お玉を持って、恐る恐る呼びかける。

「はい」

皿が一枚、突き出される。

「あ、はい」

受けとって、お代わりを入れようとする。

お代わり!

お代わり!

お代わり!

お代わり!

蜂の巣をつついたように、お代わりの声が木霊する。

そんな晩餐も終わり、消灯の時間。

当然だが、全員が寝てしまうわけはない。

順番に見張りや舵取りを受け持つ。

かなり夜も更けた頃。

「おい、起きろ」

肩をゆすられる。

ん・・・・?

どうしたんだろ、こんな遅くに。

少々寝ぼけている。

「当直の時間だ」

この声は・・・青葉さん?

あ、そうか。すいません。

がばりと起き上がる。

「持って行け。寒いぞ」

毛布を渡してくれる。

「見張り?」

言わずもがなのことを言って、受け取る。

「ああ」

部屋を出る。

がちゃ。

寝室の扉を閉める。

二人並んで廊下を歩く。

「うー。寒い。君は上に行って」

青葉はブリッジに消え、シンジは梯子へと向かう。

初夏の時期とはいえ、朝晩はまだ寒い。

ましてここは、高度千数百メートル。

寒いはずである。

ところで、このやり取りに反応した者が一人いる。

レイである。

さすがにレイを雑魚寝させるわけには行かない。

だからミサトの部屋で、一緒に休んでいる。

シンジの声に目を開く。

隣を見る。

安らかな寝顔に見える。

しばらく、迷う。

行こうか、行くまいか。

・・・・・・・

やはり、行こう。

そっと、ベッドを離れ、部屋を出る。

がちゃ。

扉を閉める。

その時には既に、ミサトは起き上がっている。

閉められた扉を見て、くすっと微笑む。

私の目は誤魔化せないわよ。

顔がそう言っている。

青葉と別れてから、梯子を上るシンジ。

船体上部の見張り台へと続く。

中ではケンスケが寒さに震えている。

「交代だよ」

「おお、ありがたい」

ケンスケが梯子の下へと消える。

さっき借りた毛布をかぶり、辺りを見回す。

辺りはひたすら、夜空と雲海とが続く。

たくさんの星がきらきらと光り、時折大きな雲がそれを隠す。

星座の観察にも飽きかけた頃。

ん?

何かが梯子を上がってくる。

変だな。

交代の時間は、まだのはずなのに。

だんだんその影が大きくなり、夜目にも誰かが分かるほどになる。

「あ・綾波!」

驚く間にも、レイは梯子を上り切る。

ある理由から、見張り台に梯子はない。

そのため、見張り台に上がりにくいようである。

すぐに我を取り戻したシンジ、レイに手を貸す。

なんとか見張り台に上がり込むレイ。

「ああ、恐かった」

口調とは裏腹に、さっぱりした様子。

「わぁ、きれい・・・・・」

夜空を見て、言う。

見ると、寒さのせいか震えている。

「綾波・・・」

「え?」

「入りな」

毛布を広げ、レイと一緒に入る。

なぜか、恥ずかしさも照れも感じない。

「眠れないの・・・?」

シンジの問いかけに、半ばうっとりと返すレイ。

「うん・・・あったかい・・・・」

「綾波は、そっちを見張って」

「うん」

二人の背中を合わせ、一緒に見張りを始める。

「ごめんね」

「え?」

唐突に謝るシンジ。

戸惑うレイ。

「あの時、綾波の気持ちを分かってあげられなかったから」

あの時とは無論、ゼーレ要塞を追い出された時のこと。

「いや。分かってたんだ。でも、認めたくなかったんだ」

背中合わせのまま、謝罪が続く。

「僕の弱さを。だから、ごめん」

血を吐く思い。

それが痛いほどよく分かる。

「ううん。そんなことない。だって碇君、私を助けに来てくれた」

戦火の中のシンジの姿が脳裏によぎる。

「謝るのは私。酷いこと言って、ごめんなさい」

「ううん。ミサトさんに教わった。僕を助けるためだったって」

「いかりくん・・・」

「怒られちゃったよ。どうしてそんなことも分からないのかって」

「碇君・・・・」

「なに?」

「ありがとう」

「そんな。僕の方こそ。ありがとう、綾波」

わだかまりは完全に溶ける。

しばらく辺りを、沈黙が支配する。

「碇君・・・・」

「ん?」

おずおずとレイが切り出す。

「私、恐くてたまらないの」

堰を切ったように、独白を始める。

「本当はジオフロントになんかちっとも行きたくない」

今までは黙ってた。でも碇君になら言える。

「ゲヒルンなんか見つからなければいいのにって、思ってる」

「じゃぁ・・・・」

驚いたように、シンジ。

ミサトもレイの独白に、ベッドから跳ね起きている。

実はここでのやり取りは、当事者だけのものではない。

伝声管があって、ミサトの部屋とブリッジとに、筒抜けである。

見張り台である以上当たり前だが、二人はそれに気ついていない。

「ううん。光の指した方向は本当・・・・」

それを聞き、安心するミサト。

焦らさないでよね、もう。

でも。

やっぱり、可愛いじゃないの。

「でも・・・・」

言いよどむ。

シンジには、その続きが想像できる。

「あの、ロボットのこと・・・?可哀相だったね・・・・」

シンジはエヴァについて、ロボットとしか知らない。

だが、エヴァが砲弾を受けた時、レイが泣き叫ぶのを聞いている。

「うん。お母さんから教わったおまじないで、あんなことが起こるなんて・・・」

だいぶ立ち直ってはいるが、受けた心の傷は癒え切っていない。

「私、他にもたくさんおまじないを教わったわ」

かつて折に触れ、いくつかの言葉を教わっている。

「物探しや、病気を治すのや、絶対使っちゃいけない言葉もあるの・・・」

「使っちゃいけない言葉・・・?」

含みのある表現が、やけに気になる。

「滅びのまじない」

簡潔に答える。

「いいまじないに力を与えるには、悪い言葉も知らなければいけないって」

亡き母の教えを復唱する。

「でも、決して使うなって」

他の言葉と同様、その言葉の持つ意味も、教わっている。

「教わった時、恐くて眠れなかった・・・」

可哀相に。

まだあんなに小さいのにねぇ・・・。

可愛いだけじゃないってのも、うなずけるわ。

「あの石は外へ出しちゃいけない物だったのよ」

シンジの方を振り返る。

「だからいつも暖炉の穴に隠してあって、結婚式にしかつけなかったんだわ」

だんだん自分の世界に入っている。

声がどんどんと高くなっている。

「お母さんも、お婆さんも、お婆さんのお婆さんもみんなそうしてきたのよ」

ついに両手で顔をふさぐ。

自分の感情を押さえるかのように。

「あんな石、早く捨ててしまえばよかった」

吐き捨てるように。

そうよ。

そうすればエヴァは、死ななくて済んだ・・・・。

そうすれば碇君はこんな目に会わなくて済んだ・・・。

「ちがうよ」

優しく、含むように語りかける。

「あの石のおかげで、僕は綾波に会えたんだもの」

俯いていた顔が、はっと上がる。

ほんとうに?

本当に、そう思ってくれてるの?

「石を捨てたって、ジオフロントはなくならないよ」

にっこりと微笑む。

「飛行機械がどんどん進歩しているから、いつか誰かに見つかっちゃう」

自分もそれを目指していたのだから。

「まだ、どうしたらいいか分からないけど」

シンちゃんも、男を上げたじゃないの。

見直したわ。

でも、もう少し自信を持ってくれた方がいいわね。

「本当にジオフロントが恐ろしい島なら、六分儀みたいな奴に渡しちゃいけないんだ」

面識がなく、レイから聞いた知識しかない。

が、なぜかジオフロントのことに詳しいことだけは確か。

それがシンジの認識。

「それに」

ごそごそ。

毛布から出る。

今度はしっかりとレイに向き合う。

「今逃げ出したら、ずっと追われることになっちゃうもの」

レイを守りたい。

そんな決意がうかがえる。

たまらなくなって、レイが口を開く。

「でも、私のために碇君を海賊にしたくない」

もう一度、微笑みで返す。

「僕は、海賊にはならないよ」

はっきりと、宣言する。

「ミサトさんだって分かってくれるよ。見かけよりいい人だもの」

あらあら。

聞いてないと思ったら、結構きついわね。

でもよく分かったわね。

こっちにもそんな気がないこと。

「全部片ついたら、きっと第二新旭川に送っていってあげる」

勢いも手伝って、レイの両手を取る。

思わず赤くなるレイ。

「見たいんだ。綾波の生まれた古い家や、山や、川なんかを」

心のこもった言葉に、ふわりと、抱きつく。

「ああ・・・いかりくん・・・・」

もう、悩むことなんかない。

碇君は、全て分かってくれた・・・。

分かった上で、受け入れてくれた・・・。

碇君、ありがとう・・・。

ブリッジには、当番の青葉とマヤとがいる。

二人とも、もらい泣きをしている。

「ふふ、盗み聞きはここまでにしましょうか」

苦笑して、伝声管に蓋をしようとするミサト。

その時。

「何だ、あれ!」

管の向こうから、切迫した声が聞こえる。

「雲の下、ほら、あれ!」

 

Scene-15 遭遇

見失うほどに小さな染み。

雲間に生まれたそれは、見る見るうちに大きさを増す。

ネルフ号と同じ大きさになり、やがて追い抜く。

間違いない!

伝声管に向かって絶叫する。

「ゲヒルンだ!真下にいるぞ!」

廊下に飛び出すミサト。

この時にはもう、ゲヒルンの上部が雲から露出している。

サーチライトが舐めるように辺りを照らす。

「面舵!逃げて!」

ブリッジに命じる。

即座に反応し、機を反転させる。

が、少し遅い。

気つかれたらしい。

サーチライトの直撃を受ける。

一瞬遅れて砲撃を受ける。

手近の雲海に急速潜行をかけ、回避する。

少々手傷を追ったが、航行には支障ない。

雲の下に潜ってからも、しばらくは砲撃が止まない。

やがて諦めたのか、サーチライトが消え、また雲海に潜行する。

ゲヒルンの司令室では。

「六分儀、何故追わぬ。逃がすと厄介だぞ」

追跡中止を決めた六分儀に、キールは抗議する。

「雲の中では無駄骨です」

「むぅ・・・・」

もっともな指摘に、返す言葉もない。

「手は打ちます。どうせ奴等は遠くへは逃げません」

キールから、かたわらの机へと視線を移す。

そこには、透明なドームで覆われた光球が輝いている。

まるでコンパスのように、ジオフロントへの方向を指す。

「航海はきわめて順調です。ご安心を」

眼鏡に手をかけ、議論を締めくくる。

 

Scene-16 密やかな追跡

ネルフ号は、強い風に煽られている。

外とは違い、雲の中は乱流が激しい。

まして視界が悪く、方向を見失いやすい。

が、うかつに外には出られない。

ゲヒルンの視界に入る危険があるから。

そのブリッジでは、ミサトが対策に追われている。

「予想より進路が北だった」

海図に修正を加える。

見張り台への伝声管を手に取る。

「シンちゃん、時間がないから、よく聞いてね」

あのシンちゃんなら、大丈夫でしょう。

「ゲヒルンに振り切られたらおしまいなの」

だからこそ、後ろから追いかけていたのである。

「あなた、目がいいわね。見張り台だけ雲から出すから追跡して」

「どうすればいいんですか?」

「その見張り台は、凧になるわ。中にハンドルがあるでしょう?」

即座に返事がくる。

「あります!」

「時計回しに回して」

ハンドルが回るほどに、見張り台の上を骨組みが覆う。

回り切った頃には、ちょうど頭上に来ている。

「フックがかかったら上のハンドルを回して。翼が開くわ」

確かに上にもハンドルがある。

堅くて回りにくい。

レイがそれを見て、一緒に回す。

すると、布の翼が広がって行く。

「開いたらワイヤーを張って。操縦は体で覚えてね」

一見すると無理な要求。

だが、ミサトには確信がある。

救出劇の際、見よう見まねでフラップターを乗りこなしている。

それを、ミサトだけは知っている。

だから、大丈夫。

そう、自分にも言い聞かせる。

「レイはそこにいるわね?」

「はい」

聞こえたのか、レイ本人が返事をする。

「あなたは戻ってきてね」

「なぜ?」

予想外の反応。

思わず言葉に詰まる。

「な・なぜって。あんたは女の子でしょ」

何とか言葉が出てくる。

しかし、ほとんど屁理屈に近い。

「あら、ミサトさんだって女よ」

一蹴される。

もともと説得力の希薄な言い訳。

こんな程度で屈するレイではない。

「それに私、山育ちで目はいいの」

「綾波」

自分を売り込む。

それを宥めるように口を挟む。

が、最後までは言わせてくれない。

「お願い」

簡潔な一言に言葉を失う。

どう対応してよいか、戸惑うシンジ。

その間にレイは、伝声管に向かって止めの一言を放つ。

「碇君もそうしろって」

え?

そんなこと言ってないけど・・・・?

「ふふふふ・・・」

可笑しくて仕方ない。

レイちゃんってこんなに積極的なの?

こんな人間を、ミサトは高く評価する。

ほんとに、大した子ね。

シンちゃんには、ちょっともったいないかな?

勝手なことも考える。

もはや、レイを呼び戻すつもりはない。

「上がったら伝声管は使えないわよ。中に電話があるからそ・・・・」

それを使ってね、と最後までは言えない。

唐突に鳴り出すベルの音が、邪魔をする。

まさか、ねぇ。

がちゃ。

「電話ってこれね、ミサトさん」

すげぇ・・・。

すごい・・・。

あまりの手際よさに周囲からも溜め息が漏れる。

「はい、やってみます。上げてください」

電話機を胸元に固定して通話する。

風除けにゴーグルをかけ、準備万端。

「いくわよ。見張り台、射出開始!」

ばん。

威勢よく打ち上げられる。

あっと言う間に、雲から顔を出す。

ネルフ号とは一本のワイヤーでつながっている。

まさに凧。

幸い今は凪いでいる。

操縦に慣れるのには絶好である。

舵を取りながら、辺りをうかがう。

レイは後方を見張る。

夜明けにはまだ間がある。

そのため、雲から出てもなお暗い。

「いないわ・・・・」

「雲の中へ潜ってるんだ」

それくらいしか分からない。

このやり取りを聞きつけ、ブリッジから念を押すミサト。

「油断は駄目よ。前にいるとは限らないからね」

「はい!」

そう答えた瞬間。

強風が見張り台を襲う。

不意をつかれて体勢を立て直し切れない。

「うわっ」

「きゃぁぁぁぁ・・・・」

「しっかりつかまって」

飛ばされそうになるレイを、応援する。

必死に舵を取るシンジ。

離れまいと、やはり必死にしがみつくレイ。

その甲斐あって、しばらくすると元の体勢に戻る。

「どうしたの!?」

悲鳴を聞きつけ、心配になるミサト。

「突風です。大丈夫。ちょっと煽られただけです」

そう、よかった。

あんな声上げるんだもの、焦っちゃったわよ。

「気をつけてね。レイちゃんもいるんだから」

「はい。見張りを続けます」

振り返る。

まだレイがしがみついている。

「恐い?」

「ううん」

よかった。

綾波も大丈夫そうだ。

「やり方が分かってきたよ」

もう煽られたりしないからね。

にしても、雲行きが怪しいな。

「少し荒れそうだ」

そうつぶやいて、何やら思いつくシンジ。

「綾波。僕の鞄から、紐を出して」

「え?ええ」

両手は舵でふさがっている。

そのためレイに手伝ってもらう。

ごそごそ探すと、紐が出てくる。

「そいつで僕と綾波を縛って」

「はい」

なぜか嬉しそうに返事する。

いそいそと二人の腰の辺りを縛る。

ちょっとやそっとでは解けないよう、きつく結ぶ。

絶対に離れないように。

 

Act-04 第四日目 The Fourth Day

 

Scene-01 思わぬ、夜明け

雲の中。

相変わらずネルフ号本船は、潜行を続ける。

ただここへ来て、周囲に吹く風がどんどんと強さを増している。

「ミサトさん、水銀柱が、どんどんと低下しています」

日向が報告する。

水銀柱は、大気圧の変化を示す。

それが低下すると言うことは、低気圧に遭遇していることを指す。

さらにその変化が激しいと言うことは・・・。

「ついてないわね。こんな時に時化るなんて」

軽口を叩けるような状況でない。

そんなことは、日向の報告を待たなくても分かる。

船体がぎしぎしと軋む音は、ブリッジにも届いている。

「夜明けまでは?」

「あと、一時間です」

時計を見、青葉が知らせる。

こうして、ゲヒルン発見の報なきまま、夜明けを迎える。

「夜が明ける・・・」

空がだんだんと白み始めている。

だが、何かおかしい。

真っ先に気ついたのは、レイである。

「碇君、おかしいわ。夜明けが横からくるなんて」

レイの指摘にシンジも異常に気づく。

このままではいけない。

「そうか!僕らは東へ進んでいるはずなんだ!ブリッジ!」

切迫した声が、ミサトの耳を打つ。

「え!?北へ向かってる、ですって!?」

信じられないと言いたげな顔で、かたわらのマヤを見やる。

「コンパスは東を指しています」

何度も確認し、間違いありませんとつけ加える。

なら、これは一体どう言うことか・・・。

意識を集中し、船外の風を読む。

・・・・

かっと目を見開く。

望んでいた貿易風ではない。

しかもあまりの強風に、船ごと流されている・・・・。

「風が変わったのよ!流されて進路が狂ってるわ!」

ネルフ号は東を向いたまま、北へと流されている。

このままではゲヒルンからどんどんと離れてしまう。

何とか、立て直さないと・・・。

「見て、あれ!」

続いてレイの声。

どうしたのだろう。

「どうしたの!?ゲヒルンなの!?」

あれだけでは分からないじゃないの。

早く知らせなさいよ。

「雲です!ものすごく大きな!」

「くもぉ?」

蜘蛛ならともかく、雲ですって?

そんなもの辺りにいくらでもあるでしょうが。

そんなことでいちいち報告しないでよ。

「こっちに近づいて来るわ!」

だが、レイの声はかなりの恐怖に包まれている。

それは、シンジについても言える。

「空の城だ・・・・」

その声には、畏敬の念さえ込められている。

かなり大きい。

山脈一つを包み隠すような、そんな規模である。

ゆっくりと回転している。

渦を巻いて、雲が吸い寄せられて行く。

そんな風の流れが、手に取るように分かる。

それは今、確実にネルフ号を捉えている。

「そいつは低気圧の中心よ!」

そうか、そう言うこと。

それで辻褄が合うわ。

合って欲しくはなかったけどね。

「風に船を立てて!全速力!引きずり込まれるわよ!」

舵を取る青葉に号令。

「どんどん引き寄せられています!」

船外のシンジには、風の動きがよく分かる。

かつて味わったことのない暴風。

凧の翼も限界まで張り詰めている。

「ふんばって!もう収容できないのよ!」

もし吸い寄せられてしまえば、確実に船は圧壊。

まずはここから脱出することが先決。

力の限り舵を取る青葉。

しかし、あまりの風圧にうまく舵を御し切れていない。

その様子を見て、日向とトウジとが加わる。

その三人がかりでも、手に余るようである。

「か・舵が動きまへん」

「いつものクソ力はどうしたの!」

まずいわね。

「ミサト!」

伝声管から悲鳴が上がる。

こんなに焦った声を聞くことは滅多にない。

「エンジンが燃えるわよ!このままじゃ」

非番のケンスケを引っ張り込み、三発とも全開にしている。

急速航行どころではない。

ここまでエンジンを酷使したのはリツコにとっても初めて。

確かに自分の作品には、人並み以上の自信を持っている。

だがこの変則的危機的状況には、それも揺らいでくる。

「泣き言なんて聞きたくないわ!何とかして!」

ミサトはそんなリツコを押し切る。

窓の外を見、電話に向かって叫ぶ。

「雲から出るわよ!」

雲の切れ目に出る。

視界が一気に開ける。

「綾波!海だ!」

さっきまでとは打って変わって、青空が広がる穏やかな光景。

眼下には碧い海が見える。

嵐の前の静けさ。

すぐ隣に低気圧がそびえている

それだけは決して変わっていない。

「竜の巣だ・・・・」

人間には、決して近づいてはならない場所がある。

聖域とも言える場所。

船に乗る者なら、誰もが恐れる場所。

窓の外に、それがある、

思わず、つぶやく。

電話を通してシンジにも聞こえる。

「竜の巣?これが・・・・」

雲の方を見ると、かなり複雑に風が流れる。

「父さんの言った通りだ。向こうは逆に風が吹いている」

小さな雲が吸い寄せられる。

かと思うと、いきなり真横に飛ばされ、背面飛行を始める。

「すぐそこに風の壁があるわよ!」

一同に警告を発する。

「駄目ですミサトさん!吸い込まれます!」

「男が簡単に諦めるんじゃない!」

喝を入れるミサト。

そんな所へシンジの声が飛び込む。

「ブリッジ!ジオフロントはこの中だ!」

「何ですって!?」

そんな!

「父さんは竜の巣の中でジオフロントを見たんだ!」

確信に満ちた声。

だが。

「そんな!入った途端にバラバラにされちゃうわよ!」

そんなことは目の前を見れば分かるでしょ。

この問答は、レイの叫び声によって中断する。

「碇君!あそこ!」

その声にミサトも反応する。

窓の外にはまたあの姿が。

ゲヒルン。

その巨大な船体は、逆巻く風にもびくともしない。

一歩間違えば揉みくちゃにされるネルフ号とは好対照である。

「このクソ忙しい時に!」

憎らしげに叫ぶ。

それに答えるかのように、ゲヒルンは一斉砲撃を始める。

目標が小さく風に煽られているため、直撃こそ受けてはいない。

が、砲撃によって船体はさらに揺れを増す。

「行こう、ミサトさん!父さんの行った道だ!父さんは帰ってきたよ!」

こうなっては仕方ないわね。

このままゲヒルンにやられるのはしゃくだしね。

シンちゃんを、いや、シンジ君とお父さんを信じましょ。

「よーし!行くわよ、竜の巣へ!」

青葉には風の壁に船の舳先を入れるよう命じる。

こうすれば、後は風が運んでくれる。

だが、どこへ?

それは神のみぞ知る。

そろそろと、壁に近づくネルフ号。

が、それは叶わない。

遂に、ゲヒルンの砲撃を受ける。

今度は直撃。

雲間に消えるネルフ号。

着弾の振動で、凧へ続くワイヤーが切れる。

ネルフ号とは別に、風に飛ばされて行く。

「ん?」

ネルフ号を見やる。

雲間へ消えて行く影に、無邪気に喜ぶ。

「おお、やったな」

キールである。

「本艦も危険です。退避します」

航海士が告げる。

キールもそれに同意しようとする。

確かにこのままではこちらも危険である。

「このまま進め」

平然と言い放つ六分儀。

「は?」

意味を理解しかねる一同。

「光は常に雲の渦の中心を指している」

光球を指して説明する。

「ジオフロントは嵐の中にいる」

自信たっぷりに宣言する。

「聞こえないのか?このまま進むんだ。必ず入り口はある」

あの時とは違う。

これがある以上、安全にジオフロントへ入れるはずだ。

そうでなければこの石の意味はない。

 

Scene-02 竜の巣

風に揉まれる凧。

懸命に舵を取る。

何とか凧を竜の巣の方角へ向ける。

「行くよ、綾波!」

「ええ!」

ぼす。

雲の中へ突入する。

闇と光の渦。

雷と乱流の地獄である。

竜の巣。

ジオフロント最後の番人。

侵入者を拒む砦。

今、シンジたちを脅かすように、稲光が光っては消える。

「きゃぁぁぁぁぁ・・・・・」

「うう・・・・」

加えて強風が、シンジめがけて叩きつけられる。

ゴーグルをかけてなお、目を開けるのがやっと。

切れそうになる緊張を繋ぎ止め、凧を操る。

次第に方向感覚がなくなって行く。

容赦なく稲妻が襲いかかる。

遂に。

直撃。

がん。

衝撃のあまり舵に突っ伏すシンジ。

シンジにつかまりながら気絶するレイ。

薄れ行く意識の中、シンジが見たもの。

それは一人の男の後ろ姿。

飛行艇を駆り、シンジたちを先導する。

くるりと振り返る。

稲光に浮かびあがる顔。

父さん・・・・・。

それを最後に意識を失う。

二人を乗せた凧は、そのまま真っ直ぐ流されて行く。

でたらめに光っていた稲光が、柱のように両脇に並ぶ。

二人を迎えるかのように。

光の柱列を通り過ぎる。

ぼす。

竜の巣から出る。

 

Scene-03 ジオフロント

竜の巣の中心。

抜けるような青空が広がる。

天国があるとしたら、こんな場所のことを言うのだろうか。

そんな空。

ふらふらと宙を舞う凧。

竜の巣を抜けた今、もはや脅かすものはない。

右に、左に。

何かに引かれるように、ただ宙を舞う。

どさ。

久しぶりに出会う地面に、安心するかのように寄りかかる。

そんな凧から投げ出される二人。

二人の意識はまだ、ない。

枕を並べて、仲良く眠っているようにも見える。

暖かい日差しが、そんな二人を包む。

ん・・・・・。

ぼんやりと、意識が戻る。

あれ?

竜の巣は?

ここは、どこだろう?

あれから、どうなったんだろう?

綾波は、大丈夫だろうか・・・。

目を開ける。

花・・・。

シンジの目の前。

自分が花に囲まれていることに気づく。

上では鳥の囀り。

ここは、どこだろう?

慌てて周りを探す。

すぐ隣に、いる。

レイの顔。

それを確認し、ほっとする。

瞼は軽く閉じられている。

安らかな寝息を立てている。

まだ、眠っているようである。

きれいだ・・・。

初めて間近で見るレイに、見とれるシンジ。

「あやなみ、綾波」

肩をゆすって、起こそうとする。

「大丈夫?」

その声に、レイも目を開ける。

すぐ目の前にシンジを認めて、安心した表情になる。

二人ともまだ、夢心地。

「見て・・・・」

周りを見渡す。

見知らぬ、光景。

高い塔の上。

一面の花畑になっている。

どこかの端に立つ塔らしい。

向こうに見慣れない建物がたくさん建っている。

その反対側には、蒼い空しかない。

ここを取り巻いていたはずの雲も、今は晴れ上がっている。

まさか、空の上?

だとしたら、ここは、まさか・・・・・。

「ジオフロント・・・・?」

確認するかのようにつぶやく。

「うん・・・・」

そう答えて、立ち上がる。

まだ、現実味がない。

夢かもしれない。

それを確認しよう。

だが、肝心なことをすっかり忘れている。

レイと紐で結ばれていることを。

シンジに引っ張られ、いきなり持ち上げられる。

「きゃっ」

「あ、ごめん!」

今更のように思い出すシンジ。

いきなりのことで、どうしていいか分かっていない。

要はただ紐を解くだけなのだが。

「待って。うんときつく結んじゃったの」

結び目を解こうとする。

が、うまく行かない。

「手が震えて・・・・。わっ」

いきなり抱き上げられる。

そのまま塔の縁まで走るシンジ。

下を覗き込む。

レイを抱えたまま。

目の前に広がる光景に、呆然とする。

同じく、レイも。

とさ。

レイを降ろす。

無意識のうちに。

紐でつながったまま、シンジの隣に立つ。

二人とも、この状況を理解しかねて、立ちすくむ。

夢じゃない・・・。

ここは、まさしく・・・・。

「やったー!」

どちらからともなく抱きつく。

「ははははは・・・・・」

あふれる歓喜。

レイを抱えて、ぶんぶんと振り回す。

ぐるぐると、喜びに舞う。

そのままどさりと、倒れ込む。

二人で大の字になって。

空を見上げる。

何もない。

雲一つ、ない。

ただただ、蒼い。

小さい鳥が、数羽飛んでいる。

「鳥がいる・・・・」

こんな所にも、生き物がいるなんて・・・。

そう言えば、ここには一面に花が咲いている。

どうしてだろう?

誰かが世話しているのかな・・・?

「みんな、どうしたかしら・・・」

今にも、ネルフ号のみんなが駆け寄ってくるような気がする。

遅かったじゃないのと言う声が、聞こえるような気がする。

ミサトさんが大喜びで。

他のみんなも、手に手にお宝を持って。

みんなで喜び、笑い転げて。

ふと、そんな幻想がよぎる。

だが、実際にここには、二人しかいない。

 

Scene-04 空中の楽園

「ん・・・・?」

足音がする。

ネルフ号のみんなかな?

その喜びは、すぐに吹き飛ぶ。

一人分の足音しかしない。

起き上がる。

音のする方を見詰める。

ゼーレ要塞で見たのと似た巨人が、渡り廊下を歩いている。

ただこちらの方は、青を基調としている。

それに角もなく、単眼。

あの時とは、かなり印象が異なる。

そんなエヴァが、向こうからやって来る。

間違いなく、この塔を目指している。

「綾波の出迎えかな・・・?」

「でも私、光球持ってないわ」

証を持たない王族。

それがここではどのように扱われるのか。

それが分からない今、油断はできない。

「ナイフで切ろう」

紐を切り落とし、改めて立ち上がる。

そうしている間にも、エヴァはゆっくりとこちらへやってくる。

淡々と近づく。

敵か、味方か。

相手の意図が、全く分からない。

レイは、不安を隠し切れない。

しっかりとシンジにしがみついている。

塔の上に来る。

見慣れない物に気ついたのか。

エヴァの動きが一瞬止まる。

すぐにまた動き出す。

びくりとする二人。

だが、エヴァは凧の方へと歩み寄る。

瞳が光る。

大きな手が伸びる。

凧に手がかかる。

「何をするんだ!」

シンジが呼び止める。

無駄と知りつつ、さっきのナイフを構えている。

エヴァはその凧を壊そうとしている。

そう思い込んでいる。

「待って」

シンジを宥めるレイ。

エヴァの方を向く。

「お願い、それを壊さないで。それがないと帰れなくなるの」

その声に応ずるかのように、瞳がまた光る。

目の輝きが細くなる。

安心なさいとでも言いたげに。

軽々と凧を持ち上げる。

訝しげにそれを見守る二人。

答えは、凧の下。

凧がえぐった地面に、何か藁のような塊が見える。

そこ目指して、さっきの鳥が舞い下りる。

「ヒタキの巣だわ」

明るい表情になるレイ。

「このために・・・・」

不思議そうにエヴァを見やるシンジ。

これが要塞を襲ったあのエヴァと同じなんて・・・。

興味に駆られて近づく。

エヴァは大事そうに凧を抱えている。

「よかった。卵が割れてなくて」

「人を怖がらないね」

近づいたら逃げると思っていたのに、その様子はない。

どさ。

手近なところへ凧を移す。

その物音に、エヴァに向き直る二人。

物言わぬ瞳が、再び輝く。

そのままくるりと歩き去る。

「おいでって」

通訳するように、レイ。

「言葉が分かるの!?」

驚いて尋ねる。

「そんな気がするだけ!」

そう断言すると、エヴァの後について行く。

シンジもすぐさま、その後を追う。

エヴァはそんな二人に見向きもしない。

が、まるでここを案内するかのように、ゆっくりした速さで歩く。

まもなく追いつき、エヴァについて歩く。

石の廊下を進み、階段を上がる。

その先に大きな門がある。

それをくぐると、目の前に広大な庭園が広がる。

草木が生い茂る庭。

さっきの塔と同じく、きれいに手入れされている。

所々に池が見える。

カエルだろうか?

何かが次々に飛び込んで行く。

それに引かれて二人が駆け寄る。

池の中を覗き込む。

きれいな水。

底が見えるほど、透き通っている。

が、底はなかなか見えない。

水の中には、いくつかの建物が沈んでいる。

その中を、ゆったりと魚が泳いでいる。

「街だ・・・」

見上げると、エヴァの姿が小さくなっている。

慌てて追いかける二人。

自然と手をつないでいる自分たちに気ついていない。

エヴァは大きな建物の中に入って行く。

やっと追いついた二人も、その中へ。

「建物の中のはずなのに・・・・」

目の前に広がる森林。

やけに明るい。

植物園のようでもある。

さまざまな草木。

外よりもずっと種類が多い。

熱帯のジャングルのようにも見える。

実は世界中の草木が集められているのだが、それには気つかない。

そこかしこで、鳴き声がする。

姿は見えないが、生き物も多く住んでいるようである。

生い茂る植物たち。

柔らかい日差しが差し込む。

「綾波、あの空」

「ええ・・・」

太陽が見える。

外からは、ただの壁にしか見えなかったのに。

「立派な街だったんだ。科学もずぅっと進んでいたのにどうして・・・」

人がいないのだろう、と言いかけて止める。

エヴァが消えたからである。

正確には、茂みの中へ入っていったから。

エヴァに続いて、茂みに分け入る。

 

Scene-05 セフィロト

「ああっ!」

絶句する。

茂みを抜けて二人が見たもの。

今までもここで驚くべき光景を見てきた。

しかし、今度のはそれを遥かに上回る。

荘厳な風景に、言葉を失う二人。

大樹。

茂みを抜けると、大きな広場に出る。

その中心。

ジオフロントと呼ばれる球体の極。

そこに聳え立つ一本の樹。

ドームの屋根さえ突き破り、代わって緑の天蓋を提供している。

木漏れ日がきらきらと光る。

その根元にエヴァがたたずむ。

あまりに樹が大きいので、エヴァが小さく見える。

呪縛から解かれ、そこへ駆け寄る。

エヴァと同じくらい、いやそれ以上の、大きな石碑。

樹の一角に、めり込むように建っている。

「お墓だね。彫ってある字が読めるといいけど」

その表面は、見たこともない文字で埋め尽くされている。

が、何となく、これが墓だろうと分かる。

石碑の上部には紋章がある。

丸い球体から生える拾弐枚の羽。

ジオフロントの象徴だろうか。

石碑の足元を見やるレイ。

一輪の野花が手向けられている。

「花が供えてある・・・」

エヴァの方を振り返る。

「あなたが、してくれてるの?」

そう尋ねる。

が、その顔が恐怖に引きつる。

シンジに抱きつく。

「碇君!」

シンジもエヴァの様子がおかしいことに気づく。

「さっきのロボットじゃない!」

よく見ると、全身を苔が覆っている。

所々、内部が露出している。

足元は下草がめり込み、蔓が腰まで延びている。

瞳を失った目からは、花が咲いている。

「ずぅっと前に、壊れたんだ・・・」

そのまま、石碑を見つめつづけている。

今までの間。

そして今からも・・・。

改めて、樹の根本を見やる。

そこには幾体ものエヴァが眠っている。

樹に寄りかかるようにして、安らかに。

隣のと同じように、苔むした体で。

「きっと、園丁のロボットなんだ」

同じくエヴァの方を見て話しかける。

「人がいなくなってからも、ずぅっとここを守ってたんだね」

そうして倒れたエヴァたち。

目を伏せる。

あまりに可哀相で。

あまりに悲しくて。

涙がこぼれそうになる。

はっ。

何かを感じ、振り返るレイ。

さっきのエヴァが、歩いてくる。

ゆっくりと、二人に近づく。

レイの正面に立つ。

すっと、腕を伸ばす。

その手には小さな花がそっと握られている。

「私のために」

レイにはその意図がすぐに感じられる。

「お墓に供える花を摘んできてくれたの・・・?」

そう、と答えるかのように、瞳が輝く。

「ありがとう・・・」

花を胸に、そうつぶやくのが精一杯。

「君、一人ぼっちなの?ここにはもう、他のロボットはいないのかい?」

レイが感じていた、漠とした不安。

もし、こんな所にたった一人でいるのなら・・・。

それを、シンジが代わって尋ねる。

エヴァは、シンジの質問には答えない。

返事の代わりに、その背中から出てくるリスたち。

エヴァの肩を楽しそうに走り回る。

それを嬉しそうに見やるエヴァ。

瞳がすっと細くなる。

リスを乗せたまま、どこかへ去って行く。

そんな光景に、胸が締めつけられるレイ。

「ちっとも寂しくないみたいだね」

レイをいたわるかのように、言葉をかける。

「友達もいるし、ヒタキの巣を見回ったりもしなきゃならないし」

シンジの言葉に救われた気がする。

涙をぬぐい、小さくなって行くエヴァたちを笑顔で見送る。

ありがとう・・・。

心の中で感謝する。

エヴァたちに。

そして何よりシンジに。

 

Scene-06 ミサト発見

広がる爆風。

硝煙の匂いが満ちわたる。

それは、今から始まる破壊の前触れ。

仕かけた火薬が炸裂する。

ジオフロントの堅いあぎとをこじ開ける。

振動で島全体が揺れる。

ぎゃぁ。ぎゃぁ。

鳥たちが騒ぎ出す。

「綾波、こっちだ!」

轟音のする方向へ走る。

レイの手を引いて。

石段を降り、廊下を走る。

また、爆発音が木霊する。

その時、崩れた建物の影に。

ゲヒルンが係留しているのが見える。

どうやって嵐を乗り切ったのか、全く無傷に見える。

そう考えて、改めて不思議に思う。

いつのまに雲が晴れたんだろう・・・?

ゲヒルンの脇には、実に好対照な船がある。

「ネルフ号がやられてる・・・」

「ミサトさんたち大丈夫かしら」

大破された姿が痛々しい。

船体には無残に穴が空き、主翼は真ん中で二つに折れている。

ジオフロントの床にもたれるように置かれている。

「綾波!あそこ!」

「みんなつかまってるわ・・・」

ネルフ号とゲヒルンとの間。

ミサトを筆頭にみんなが並んでいる。

こちらからは背中しか見えないが、それでもよく分かる。

ただし、後ろ手に縛られ、座らされて。

「海賊はすぐ縛り首だ」

それを聞き、レイは青くなる。

「助けなきゃ」

「行こう!」

更に下へと降りて行く二人。

 

Scene-07 略奪

走ってくる兵士。

街への突入口が開いた旨、報告する。

そして、戦利品を示す。

大粒の宝石をちりばめた首飾り。

キールの表情が緩む。

「すげぇ・・・」

後ろでは、ため息が漏れる。

「欲しいのか?」

自慢げに見せつける。

「おまえらには縄をくれてやろう」

縛り首を暗示する。

首をすくめる海賊たちを尻目に、六分儀に尋ねる

「本国に、ジオフロント発見の報をしたか」

「これからです」

「せいぜい難しい暗号を組むんだな」

六分儀らの諜報部、そして海賊たちを皮肉る。

先ほどの兵士と共に、奥へと消える。

その背中を見て六分儀。

「馬鹿どもにはちょうどいい目くらましだ」

部下を連れ、立ち去る。

本国へ連絡を取るつもりなど、初めからない。

「すごい木の根・・・」

「綾波は木登り平気だよね」

下を見下ろし、尋ねる。

もはや建物の瓦礫すらない。

だから樹の根を伝わないと降りられない。

「うん・・・」

先にシンジが様子を見る。

「行けそうだ」

レイに手を差し伸べる。

がさ。

根につかまり、少しずつ降りて行く。

おそらくあの樹の根だろう。

至る所に根を張っている。

その一本につかまる。

窓が見える。

覗き込むと、中はまさに欲望の巷である。

扉を爆弾で吹き飛ばし、中へ入り込む。

辺りを引っ掻き回し、宝石があれば奪い取る。

その戦利品が、中央に山積みにされる。

絵画や彫刻には見向きもしない。

見向くとすれば、興奮した兵士の射的の的になるだけ。

破壊と略奪の限りを尽くされる室内。

これ以上見ていられない。

窓の下に座り込む。

「酷いことするなぁ・・・」

「あの人たちが上の庭へ行ったら・・・・」

そう考えただけでも身震いがする。

確実にあの庭園は、破壊される。

それくらい、目に見えている。

「綾波、光球を取り戻そう」

え?

意外な提案に驚くレイ。

「ここを奴等から守るには、それしかないよ」

辺りを示し、説明を続ける。

「なぜ雲が晴れたのか気になってたんだ」

それは今まで不思議に思っていたことでもある。

「こんな風にならなければ、奴等は上陸できなかったはずなんだ」

少なくとも、無事には。

間違っても、大破したネルフ号を捕縛なんてできっこないはず。

「私のおまじないのせい・・・?」

考えられるとしたら、それしかない。

「六分儀の言った、封印が解けたって、これだよ。きっと」

しっかとレイの肩をつかむ。

「もうこの城は眠りから覚めてるんだ。雲に乗って光球を持つ者を迎えにきたんだよ」

そして最大の懸念。

「このままじゃ六分儀が王になってしまう。略奪よりもっと酷いことが始まるよ」

そうなってからでは遅い。

なんとか、食い止めないと。

「でも、光球を取り戻したって、私どうしてよいか・・・」

分からない、と言うつもりが、分かってしまう。

見張り台での独白。

「あ・あの言葉・・・」

使っちゃいけない言葉。

綾波を怖がらせた言葉。

「あの言葉って、滅びの・・・まさか!?」

その効果は未知数。

だが滅びとつく以上、六分儀たちの野望を食い止めるには十分だろう。

しかしそれが王族である綾波に、どんな影響を及ぼすのか・・・。

想像したくもない。

「それは後で考えよう。まずはミサトさんを助けないと」

単に先送りにしているだけとは分かっている。

そうは言っても、ここでぐずぐず考えていても、話は進まない。

そんな気持ちを察してか、レイは黙ってついてくる。

 

Scene-08 レイ、さらわる

「下から回れる」

根の影から様子をうかがう。

足元には球体の弧に沿って通路がある。

そこから回るとミサトたちがいる場所の真下へ出られる。

目配せし、通路に出る。

ここから下は、上とは違う色の石が組まれている。

つなぎ目がほとんどなく、表面はのっぺりしている。

だが、そんなことを気にしている場合ではない。

見つからないようにすばやく移動する。

問題は、ここからである。

通路から張り出す渡り廊下。

そこを通れば真下へは出られる。

そこから石壁をよじ登り、覗き窓から入り込む。

そうすればミサトたちのまさに足元まで行ける。

ただ、老朽化のためか、両端だけを残して石がない。

かなりの幅跳びが要求される。

下は遥か海の上。

失敗は、許されない。

「先に飛ぶよ」

「うん」

柱の影に身を潜める。

シンジが出てきて、助走を始める。

程よく勢いもつき、踏み出しも申し分ない。

見事成功。

反対側に足がつく。

無事な姿にほっとするレイ。

が、それも一瞬のこと。

着地の衝撃か、それとも老朽化のためか。

足元が急に崩れ出す。

「わわわわっ・・・・」

慌てて上へよじ登る。

石壁にへばりつき、わずかに突き出た部分を足がかりに登る。

危なっかしいこと、この上ない。

緊張のあまり、言葉が出ないレイ。

胸の鼓動がどんどん高まる。

しかも、状況は更に悪化する。

「この辺りだ」

はっ。

よりによって、背後から六分儀の声がする。

部下と共にさっき通った通路を調べている。

壁をくまなく調べている。

もし後ろを振り返れば、一巻の終わり。

呆気なくシンジは見つかってしまう。

「神様・・・・」

両手を組み、一心に祈る。

碇君が見つかりませんように。

碇君が無事に上れますように。

いかりくん・・・・。

「これだ」

やっと何か目印を見つけたのか。

光球を壁に向ける。

光球の輝きを受け、壁の一部が開く。

開くと言うより、そこだけがぽっかりと穴が現れる。

おお・・・。

部下たちが感嘆の声を漏らす。

ごごごご・・・・。

場違いな轟音が響く。

弾みをつけて覗き窓に入ったため、下の石が崩れ始めている。

もちろんこの音はレイにも届く。

どうしよう!

さらに六分儀たちにも届く。

あの小僧だ!

黒服が気つき、銃を構える。

ぱーん。

威嚇のつもりか、シンジには当たらない。

銃声を聞き、レイの中で何かが弾ける。

「えーい」

物影から駆け出し、その黒服に体当たりをかける。

完全な不意打ちになす術もなく倒れる。

「撃つな!捕らえろ!」

六分儀の声が飛ぶ。

多対一では勝負にならない。

あっさりと捕まってしまう。

「これはこれは、王女様ではないか」

レイの顔を見て、皮肉る。

「綾波っ。くそぉ」

無念そうに叫ぶ。

上から兵士の声がする、

六分儀殿、何ごとですか。

海賊の残りだ、もう一匹その足元に隠れているぞ。

はっ、探せ!

「綾波、待ってて!」

「碇君!」

その声を最後に姿が消える。

レイと六分儀、黒服たちが壁の向こうへ消える。

穴は消え、元ののっぺりした壁に戻る。

「ああ・・・・」

がっくりと、肩を落とす。

ちゅいーん。

上から銃弾が降ってくる。

慌てて中へ身を隠す。

手投げ弾を持ってこい。

そんな声までする。

その声に、さらに奥まで隠れるシンジ。

「シンジたちかな」

のんびりとつぶやくケンスケ。

かっ。

足元で爆音がする。

さっきの窓の中へ手榴弾を投げ込んだ結果。

「え。な・何・・・・」

足元の石畳が浮き上がる。

かなりの威力。

「ちがーう」

ミサトが一喝する。

あの爆発では助からない。

そこにいるのがシンジたちとは思いたくない。

が、その当人のささやきが聞こえる。

「ミサトさん」

足の下から聞こえる。

ごとり。

あぐらを組む足、その隙間の石が落ちる。

その代わりにひょっこりと出てくる。

ちょっとすすけたシンジの顔。

さっきの爆発を何とかやり過ごしている。

「ミサトさん」

その呼びかけに、さっと辺りをうかがう。

兵士の注意がそれている。

わざと平然とした顔をする。

みんなもその気配を察して、さりげなくミサトを体で隠す。

「ミサトさん、綾波が捕まったんだ。僕が助けに行く。縄を切るから逃げて」

ごそごそ。

穴の上に手首がくるよう、姿勢をずらす。

下からナイフの刃が伸びる。

ぶち。

切れたのを確認し、ナイフをミサトに持たせる。

「上手く逃げてね」

奥へ消えようとする。

「ちょっち待って」

呼び止め、再度辺りをうかがう。

穴の中へ足を突き出す。

「持ってきなさい」

ズボンの裾から、愛用のバズーカと弾二発が出てくる。

「あ・ありがとう」

今度こそ通路の奥へ消える。

「ふっ」

いかにも嬉しそうに微笑む。

「急に男らしくなったわね」

 

Scene-09 ターミナルドグマ

「なんだと」

部下の報告に怒り心頭のキール。

「六分儀が無線機を全部破壊したと!」

報告は続く。

艦内が手薄になった隙を突かれたこと。

当直兵数名が重傷を負ったこと。

そして、下部の黒い半球の中にいると推測されること。

「赤眼鏡め、本性を現したな」

接岸の前に、尋ねたことを思い出す。

ゲヒルンから見えるジオフロント。

上部は古びた煉瓦の建物が密集する。

その下部は、黒い石で覆われている。

不自然なことおびただしい。

六分儀、あれは何だ?

ジオフロントの機関部です。

確かに、そう答えた。

その機関部とやらに、何の用があるのか。

真意は分からない。

だが、計画を裏切ったことは間違いない。

「兵を集めろ、スパイ狩りだ」

いくつかの小隊が組織される。

小隊ごとに下部への道を探す。

一連の光景を、シンジは窓の外から盗み聞きしている。

そのまま、壁伝いに道を探す。

目的は同じく下部への入り口。

一方、その内部では。

平然とする六分儀。

不安げなレイ。

そして展開について行けない黒服たち。

黒い石の上に乗っている。

音もなく、まるでエレベータのように降下する。

周囲には同じような石が宙に浮いている。

六分儀殿、ここは一体・・・?

不安に耐えかね、黒服たちが尋ねる。

「セントラルドグマだ。上の城など、ガラクタに過ぎん」

きーん。

向こうでは石と石とがぶつかり、互いに進む方向を変える。

見ると、すべての石が何か規則的に動いている。

六分儀だけには、この石の意味が分かっている。

一つ一つが、微妙に異なる。

大きさではない。

びっしりと刻まれた文様。

その一つ一つが、失われた言葉たち。

ジオフロントを制御する、スクリプトとして働く。

石の動きは、ジオフロントの活動を示す。

機関部と言ったのも、あながち嘘ではない。

「ジオフロントの科学は、全てここに結集されている」

降下が止まる。

さっきと同じように、壁に穴が空く。

「おまえたちはここで待て」

言い残して、レイと共に消える。

ろ・六分儀殿。

追おうとする黒服を拒むように、穴も消える。

「ここから先は、王族しか入れない聖域なのだ」

さっきと同じように、石に乗って更に下降する。

穴が開く。

レイを追いたて、中へ入る。

「何だこれは!?」

中の変化に驚く。

「樹の根が、こんな所まで」

ジオフロント上部に大木があることは、ゲヒルンからの眺めで知っている。

ある程度の侵食は、覚悟の上。

だがここまでとは。

メモを取り出し、周囲の状況と照らし合わせる。

知識を総動員し、ここがシグマユニットであることを確認する。

ならば、目的地まではあと少し。

「一段落したら、全て焼き払ってやる」

今はそんなことに構っている場合ではない。

「来給え。こっちだ」

がさがさ。

樹の根を払い、何かを探す。

「くそっ」

興奮して、根を引きちぎる。

「あった・・・」

根に隠された紋章があらわになる。

恍惚とした表情で、レイを見やる。

にやりと笑い、光球を紋章に近づける。

紋章が光り、壁が開いて行く。

その奥こそが。

目的地である。

「ここもか・・・・」

もはや怒りを通り越して、呆れるしかない。

今度は部屋一面が、肩まである芽で覆われている。

「うわっ」

床がすっかりぬかるんでいる。

「くそっ」

部屋の中心へ駆け寄る。

レイはただ、入り口で呆然と眺めるだけ。

根が丸く固まっている。

何かを包むように。

包み切れず、中の光がかなり漏れてはいるが。

一心不乱に根を引き裂く六分儀。

「あった・・・・」

護られている物に出会い、溜め息を吐く。

「おお・・・・」

実に嬉しそうに、レイの方を見やる。

「見給え、この巨大な光球を。これこそジオフロントの力の源なのだ」

六分儀の見た物。

光球。

レイのよりもエヴァのよりも、遥かに大きい。

無限の力の源。

数多の人々の意志を封じた結晶。

始祖により行われた、最初にして最後の技。

それが目の前に浮かんでいる。

「素晴らしい。この瞬間まで、王の帰りを待っていたのだ」

「王の帰り?」

おかしい。

いくらなんでも詳しすぎる。

「君の一族は、そんなことも忘れてしまったのかね?」

一族?

君の?

どう言うこと?

訳が分からないで戸惑うレイを横目に、部屋の一方へと走り寄る。

「黒い石だ・・・伝承の通りだ・・・」

そこには黒い石がある。

腰の辺りまで延び、そこから斜めに切れている。

その断面には、文字が刻まれている。

「あ・・・え?・・・」

メモと照らして読み進める六分儀。

その顔が驚きに包まれる。

「読める。読めるぞ!」

コンソール。

光球を文字にかざして命令を編む。

その通りにジオフロントが発動する。

その為の、黒い石。

「あなたは一体誰・・・?」

そう尋ねずには、いられない。

なぜそんなにジオフロントのことを知っているの・・・?

これでは、まるで・・・・。

「この名前は偽名だ。本名は別にある。君も聞いたことがあるはずだ」

そ・それじゃぁ・・・。

まさか・・・・・。

「そう。本名は、碇ゲンドウ」

やっぱり・・・。

碇君のお父さん・・・・。

「事故で死んだ、そう聞かされたのではないかね?」

返事を待たずに続ける。

「シンジの父は死んだ。そうでないと、こんなことはできない」

「なぜそんなことをするの?碇君、悲しんでた」

問い詰めるレイ。

答えてやる義理はない。

が、ジオフロントの力を手に入れた今、六分儀には余裕がある。

「そんなこと、か・・・・」

にやりと笑う。

「なぜ私がジオフロントを発見したと思う?」

答えは分かっているが、わざと問いかける。

「あなたが冒険家だったから・・・」

語尾に重ねるように口を開く。

「そうだ。だがあれは、偶然見つかるようなものではない」

レイにはよく分かっている。

実際に竜の巣を覗いた一人だから。

石を持たないで竜の巣へ突入するなど、何の確信もなしにはできない。

「シンジの母ユイ。そのユイにも、古い秘密の名前があった」

それって、まさか・・・・。

私と同じ・・・・。

「ユイリス・パロ・ウル・アダム」

それじゃぁ、碇君も・・・。

私と同じ、アダムの末裔・・・・。

そんな、そんな・・・・。

「君の一族とユイの一族とは、もともと一つの王家だった」

呆然とするレイ。

「地上に降り、二つに分かれた。一つは伝承を、一つは技を伝えるために」

 

Scene-10 天の火

轟音が響く。

六分儀たちが最後に目撃された場所。

火薬を仕かけて爆破を試みる。

が、びくともしない。

えぐれるどころか、ひび一つ入らない。

驚くことに、焦げ目さえ入らない。

要するに何ら影響を与えられない。

上の石とは、全く違う。

ただの石ではないことは、容易に知れる。

「爆薬を有りったけ仕かけよ」

キールの声に反応するように、もう一つの声。

「閣下、そんなことをせずとも、入れますよ」

どこからともなく声がする。

声で誰かは分かっても、どこにいるのか分からない。

これでは手の打ちようがない。

「ろ・六分儀!どこにいる!?」

返事の代わりに、コンソールに手を躍らせる。

光球の通った文字が発光し、命令を編み上げる。

それがセントラルドグマの、石たちの動きとして発動する。

ごごごご・・・・。

地響きがして、下部半球がせり下がる。

それとともに、七本の巨大な柱が下へ向かって生えて行く。

根につかまってこの様子をうかがうシンジ。

ぶち。

せり下がりのせいで、いくつかの大きな根が切れる。

根にしがみついたまま、下へと落ちて行く。

今までキールたちの足元にあった部分、今は頭の上。

目の前には、広い穴が口を開けて待っている。

奥は暗くてよく分からない。

突入すべきか。

キールは迷う。

「さぁ、何をためらうのです。中へお進みください、閣下」

見透かしたように、挑発する。

あくまで慇懃に。

「えーい。来い!」

兵士たちに命じる。

キールを先頭に、数小隊が奥へと駆け込む。

通路は広く、隊列を組んだまま突入できる。

根を抱えたまま下へ落ちるシンジ。

途中に手ごろな根を見つけ、夢中でしがみつく。

ほっとしたのもつかの間。

さらに地響きがする。

今度のは軽い。

目の前を見る。

下部半球の極。

そこに展望台がせり下がっている。

完全に姿を現すとともに、キールたちが入ってくる。

「な・何だここは。六分儀、出てこい」

「お静かに」

いきなり声がする。

頭上には、4本の足。

六分儀が降りてくる。

逃げられたはずの少女とともに。

「な・何の真似だ」

すっかり頭に血が上っている一同。

「言葉を慎み給え。君はアダム王の前にいるのだ」

厳かに言い渡す。

相変わらずの慇懃ぶりで。

「貴様、正気か」

確かに正気の沙汰ではない。

「これから王国の復活を祝って、諸君にジオフロントの力を見せてやろうと思ってね」

あ!

綾波がいる。

誰かと一緒だ・・・。

横顔だけじゃ、よく分からないな・・・。

外から成り行きを見守るシンジには、あの二人が虚像と分かる。

遠目とはいえ、像があまりにぼやけているから。

「あ・綾波・・・」

根伝いに近づこうとする。

「見せてあげよう、アダムの雷を」

コンソールに光球を躍らせる。

展望台を囲むように生える柱。

その先端がいっせいに発光し始める。

伸ばした手を引っ込めるシンジ。

近づくと危ないくらい、見れば分かる。

ばちばちばち・・・・・。

小さなスパークはたちまち大きくなり、隣のと合わさって一層大きくなる。

臨界点に達したのか、大きなスパークは白く光る。

ぎりぎりまで大きくなる光の輪。

一瞬。

一点に収束し、真下へ降り注ぐ。

海面か何かに命中。

凄まじい爆音が響く。

遥か上空のここジオフロントにまで、それは届く。

特にシンジには、爆風までもが襲いかかる。

吹き飛ばされまいと、必死にしがみつく。

煙が上がり、十字架のような形を取る。

「旧約聖書にある、ソドムとゴモラを滅ぼした天の火だよ」

古典を引用し、淡々と説明する六分儀。

「死海文書では拾七使徒中、力を司るゼルエルにのみ与えられた火と伝えているがね」

常識を超えた破壊力。

あまりの凄まじさに、声を失う一同。

「全世界は再びアダムのもとにひれ伏すことになるだろう」

「素晴らしい六分儀君。君は英雄だ。大変な功績だ」

白々しい賛美。

油断させて狙撃しようとでも考えてだろう。

だが、あまりにも見え透いている。

たーん。

狙い澄ました銃弾。

六分儀の頭を貫通する。

が、見えているのは虚像に過ぎない。

何の意味もなく、向こうの壁に当たる。

「君の性格には、心底うんざりさせられる」

それまでは一言もなく、うつむくだけのレイ。

六分儀の言葉に込められる殺意。

それを察して、止めようとする。

ただ、両手が縛られているので体当たりしかできない。

「みんな逃げて!あっ・・・・」

軽々と跳ね除けられる。

「死ね」

さっとコンソールをなでる。

その瞬間、展望台の床が消える。

逃げようとする兵士たち。

キールを含め、かなりの者が逃げ遅れる。

「ははははは・・・・・」

高笑いとともに、天井へ消える虚像。

酷い光景に、目を背けるシンジとレイ。

しかし酷い光景は、むしろこれから始まる。

何とか逃げ延びた兵士たち。

外で待機していた兵士たち。

それらを襲う新たな脅威。

通路の両壁が消える。

その向こうにある物。

悪夢が蘇る。

通路の両端に座す、多くの赤い像。

胎児のように、両手で両足を抱える。

全てが、あのエヴァに似ている。

それが行く手を阻むように、動き出す。

獣のように、両の手をついて。

なぜ通路が広かったか。

その意味を初めて悟る。

そして、絶望しか残らない。

一体でゼーレ要塞を落としたエヴァ。

それが群れをなして襲いかかる。

もはや、逃げるしかない。

踏み潰された者。

蹴散らされた者。

幸運にも逃げおおせた者。

急発進するゲヒルン。

多くの味方を取り残したままで。

もはや海賊のことなど誰も構っていない。

放っておかれたミサトたち。

「あの化け物よ!」

「いっぱいいるなぁ・・・・」

「みんな、逃げるよ!」

既に縄は切ってある。

はずすと見つかるので、くくってあるだけ。

そんな縄切れを投げ捨て、ネルフ号へ駆け込む。

「フラップターを調べて!」

「零号機から弐号機まで、全て飛べます。異常ありません」

運がいい。

これで何とか逃げられるだろう。

「早く逃げまひょ」

そんなトウジの提案を却下する。

「静かに。声を立てるんじゃないわよ」

一同を黙らせる。

そのおかげか、エヴァたちもネルフ号には近づくが、何もしないで去って行く。

外装から、無人と判断したのであろう。

「何をグズグズしてるのよ、あの二人は。置いてっちゃうわよ」

外の様子を見ながら、やきもきするミサト。

残り全員も、同じ想いでいる。

 

Scene-11 ゲヒルン対エヴァ

「私をあまり怒らせない方がいい」

さっきの妨害のことを指している。

確かに今の六分儀なら、何をしでかすか分からない。

射すくめられたように、黙り込むレイ。

そんな様子に満足し、コンソールをなでる。

外の映像が浮かび上がる。

ゲヒルンが映し出されている。

ジオフロントから離れようとしている。

「ほう。さっさと逃げればよいものを」

さらに映像は、ゲヒルンの一斉砲撃をも映し出す。

「はははは・・・。私と戦うつもりか」

冗談にもほどがある。

どの道、逃がすつもりなどない。

誰に勝負を挑んだのか、教えてやるのも情けか。

勝手なことを考え、またコンソールをなでる。

下部半球。

展望台を中心として、同心円上にいくつもの穴が現れる。

そこからぼろぼろと落ちて行く赤い物体。

それら一つ一つが、エヴァ。

落下とともに手足を広げ、さらに二枚の翅を広げる。

蝿のようにゲヒルンにたかり出す。

追い払おうと、一斉射撃を繰り返す。

そして、ほとんど当たらない。

一部はジオフロントにも着弾する。

もちろん外装はびくともしない。

その一方。

衝撃で再び吹き飛ばされるシンジ。

「すばらしい。最高のショーだとは思わないかね」

レイのほうを見て、得意そうに。

苦戦するゲヒルン。

一体だけならまだしも、これでは勝ち目がない。

程なく大破し、空中で四散する。

ぼろぼろと、小さな影が下へと降り注ぐ。

「はははは・・・・。見ろ、人がゴミのようだぞ」

その一言に、レイの中で何かが切れる。

もともと緩く結んである紐を引きちぎる。

きっと顔を上げると、六分儀の方へ駆け寄る。

油断した隙を突いて、光球を奪いかえす。

怒りのあまり、殴り飛ばされる。

痛みを忘れて起き上がり、走り去る。

光球のない手のひらを呆然と見る。

さっきの映像も消え失せる。

途端に冷酷な笑みが浮かぶ。

どん、どんどん。

堅い壁を叩く。

どうしてさっきみたいに開かないの?

「返し給え。いい子だから。さぁ」

怒りを抑え切っていないことは、その口調から知れる。

「お願い、開いてぇ・・・」

その声に答えるかのように、輝く光球。

光を受け、目の前の壁が消え去る。

急いで、中へ入って行く。

中は、さながらエヴァの墓場。

儀杖兵だろうか、全て整然と並んでいる。

また、その全てが朽ちている。

「ははははははは・・・・・。どこへ行こうと言うのかね?」

ゆっくりと歩いて追う六分儀。

地理に明るい分、有利である。

また、外に出られないと分かっているため、なおさら安心できる。

がちゃ。

バズーカに弾を装填する。

壁の隙間に狙いを定めて、撃つ。

潜り抜けられる程度の穴が空く。

ゲヒルンの砲撃で吹き飛ばされたシンジ。

幸運にも吹き飛ばされた先は、エヴァの射出口。

壁をよじ登り、エヴァ格納庫の最上部に来ている。

ここからなら、綾波のところへ行けるかもしれない。

そんな願いを込めて放った一発である。

バズーカ片手に潜り抜ける。

廊下に出る。

「あやなみー」

大声でレイを呼びながら、廊下を走りぬける。

自分の勘を信じて。

自分の運を信じて。

綾波に会えると信じて。

はぁ、はぁ、はぁ・・・・・。

ずっと走りつづけている。

そろそろ体力の限界。

はははははは・・・・・。

六分儀の声が、向こうから追いかける。

だんだん距離が、縮んできている。

弾かれたように、再び走り出す。

あやなみー。

幻聴?

そう思う。

恐怖と疲れとからくる幻だと。

だが、その声は少しずつ大きくなる。

あやなみー。

ああ・・・。いかりくん・・・・。

「碇君!」

向こうの声に答える。

シンジもその声に気ついた様子。

だんだんと音源同士が近づいて行く。

近くの壁の隙間。

そこから互いに求めていた姿が見える。

「ああ、碇君・・・・」

「綾波!」

よかった。

また、会えた・・・。

「綾波!今行く!」

一歩後ろへ引く。

「下がって」

バズーカで隙間を狙う。

「早くこれを。あの人が・・・。急いで・・・・」

隙間から、光球を差し出す。

六分儀が、こちらの様子に気づく。

走ってくるのが音で分かる。

壁の両側から近寄る指と指。

肩まで隙間に滑り込ませる。

ぎりぎりまで伸ばされる。

「海に捨てて・・・・」

ぽろ。

光球はレイの手からシンジの手へと渡される。

さっと引っ込められるレイの手。

「綾波!」

代わりに答えるのは、いつぞやも聞いた声。

「その石を大事に持ってろ。小娘の命と引き換えだ」

その声は・・・・。

まさか・・・。

あのときはいざ知らず、今度は意識がはっきりしている。

聞き間違えようがない。

が、それよりも綾波を助けるのが先。

最後の一発。

祈りを込めて放つ。

根によって広げられた隙間。

それをバズーカが更に広げる。

光球とバズーカを握ったまま、空いた隙間に体をねじ込む。

レイのいた通路に出る。

足音がする。

こっちだ。

その音を追って走る。

 

Scene-12 玉座

「立て。鬼ごっこは終わりだ」

辺りを見回す。

広い部屋。

ただ、ここは他とは違う。

周囲を睥睨するかのように並ぶ一対の巨像。

始祖たちの名を冠した像。

神に近づいた一族の誇り。

「終点が玉座の間とは、上出来じゃないか。ここへ来い」

感情を高ぶらせる六分儀。

「これが玉座ですって?ここはお墓よ。あなたと私の」

対してレイは、どんどん冷静になれる。

「国が滅びたのに、王だけ生きてるなんて滑稽だわ」

自然と言葉が紡ぎ出される。

「あなたに石は渡さない。あなたはここから出ることもできずに、私と死ぬの」

死ぬことに恐怖を感じていない。

今のレイにとって、生と死とは等価値なのだろうか。

「今は、アダムがなぜ滅びたのか私よく分かる」

母に教わった歌の一節。

「土に根を下ろし、風とともに生きよう。種とともに冬を越え、鳥とともに春を唄おう」

六分儀を見据える。

相手の視線も、今では少しも恐くない。

「どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんの可哀相なエヴァを操っても・・・」

さっきまでの光景が脳裏をよぎる。

「土から離れては生きられないのよ」

かつて祖先が降りた理由。

失われた伝承を、自分で見つけて埋めるレイ。

「アダムは滅びぬ。何度でも蘇るさ。アダムの力こそ人類の夢だからだ」

完全に力の虜になっている。

言葉こそ力強いが、内心がそれを裏切る。

「どうしてそんなに脅えるの?」

心を読んだかのように問いかける。

図星を衝かれ、逆上する六分儀。

遂に、レイに銃口を向ける。

「ひざまづけ!命乞いをしろ!シンジから石を取り戻せ!」

「可哀相な人。力に魅入られてしまったのね・・・・」

「なに!」

思わず引き金に力が入る。

一触即発。

緊張がどんどん高まる。

 

Scene-13 最悪の再会

「待て!」

対峙する二人に割り込む声。

入り口から聞こえる。

バズーカを六分儀に向ける。

「石は隠した。綾波を撃ってみろ。石は戻らないぞ」

無論、はったり。

ちゃんと光球は、ポケットの中に納まっている。

「碇君来ちゃ駄目。この人はどうせ私たちを殺す気よ」

悲痛な叫び。

全身を振り絞るかのように放つ。

が、シンジは六分儀を見たまま呆然としている。

「と・父さん。やっぱり、父さんなんだね・・・・」

全身の力が抜けていくのが分かる。

嘘だ。

父さんが、あんなことするなんて。

優しかった父さんが、綾波に銃を向けるなんて。

何かの間違いだ、そう言いたい。

だが、実物を目の前にすると、受け入れざるをえない。

「何とか言ってよ、父さん!」

「人違いだ、小僧。その父とやらは、三年前に事故で死んだ」

元の冷静さを取り戻し、冷たく言い放つ。

もはやシンジとさえ呼ばない。

「父さん・・・」

「小僧、娘の命と引き換えだ。石のありかを言え」

小馬鹿にするように、シンジのバズーカを指す。

「それとも、その大砲で私と勝負するかね?」

「綾波と二人きりで、話がしたい」

バズーカを下げ、要求を出す。

「来ちゃ駄目!石を捨てて逃げてぇ!」

そんなレイの叫びもむなしく、六分儀は銃を下げる。

「三分間待ってやる」

そのまま、一歩引く。

シンジはレイの方へ近づく。

「碇君・・・・」

今まで張り詰めていた緊張の糸。

それが音を立てて切れる。

よろめくレイを抱き留める。

ぴん。

六分儀が、新たに弾を装填する。

「綾波、落ち着いてよく聞くんだ」

肩にうずまる綾波の顔。

その耳元に囁く。

「あの言葉を教えて」

え?

顔を起こす。

シンジの顔がすぐ近くにある。

向き合う瞳が大きく見える。

限りなく優しく、レイを見詰める。

「僕も一緒に言う。僕の左手に、手を乗せて」

手のひらを差し出す。

そこには、淡く光る石が載せられている。

「ミサトさんたちの縄は、切ったよ」

レイの手が、シンジの手を覆う。

しっかりと握られる手と手。

「碇君・・・」

もう、恐くない。

碇君と一緒だから。

大丈夫、恐くないよ。

綾波と一緒だから。

再び抱き合う。

「時間だ。答えを聞こう」

二人に宣告する。

シンジが入ったことで崩れる力の均衡。

それを見逃す六分儀ではない。

状況を最大限に利用しようと、策略を練る。

がちゃ。

信じられないと言いたげな目で、シンジを見る。

空砲とはいえ、バズーカを足元に投げ出す。

まさか、降伏する気か?

それとも、まさか・・・。

すぅっと、息を吸い込む。

二人の声が、美しく唱和する。

「バルス!」

それは滅びの言葉。

決して使ってはいけない言葉。

力を与え、そして奪い去る言葉。

手の中の光球が、激しく輝く。

どろっとした光があふれる。

色を失った輝き。

青白い光を放ち、手の中から消え去る。

その頃、中枢部では。

巨大な光球が輝き出す。

根の束縛を振り切り、上へと飛び出す。

ひたすら、上昇する。

セントラルドグマを駆け上がる。

光を受けると、飛び交う石は力を失う。

光球とは逆に、落ちて行く。

見えない繋ぎ目に光が走り、そこを境に外れる石組み。

眩しさに目を閉じる二人。

衝撃で後ろへ投げ出される。

それでも繋いだ手は、決して離れない。

「目が。目が・・・・」

顔を押さえて、六分儀はうめく。

玉座の間が崩れ出す。

床の石が、ぼろぼろと落ちて行く。

その刹那。

目の痛みで正気に戻る。

石に魅入られていた自分に気づく。

自分ではケリをつけられなかったことを知る。

やはり私では、駄目だったか。

お前まで、巻き込みたくはなかったのだが。

だがあまりにも、遅すぎた。

もう、どうにもならない。

愕然とする。

済まない、シンジ。

綾波君も、済まなかった。

心の中で願う。

せめて二人だけでもと。

一歩下がる。

石畳の上に立つ。

二人を見守りながら。

ここと運命を共にする覚悟で。

足元がひび割れる。

そして崩壊は始まる。

 

Scene-14 崩壊

今まで以上の規模で、地面が揺れる。

突然動きを止めるエヴァ。

揺れに耐え切れずに、崩れて行く建物。

「ミサトさん、もう持ちません!」

「仕方ないわ。脱出!急いで!」

もうこれ以上待てない。

断腸の思いで脱出を命じる。

ネルフ号から飛び出すフラップター。

落石をかいくぐりながら降下する。

遅れてネルフ号自身が、床石とともに落ちて行く。

床石だけではない。

屋根も、壁も、橋も、そしてエヴァたちも。

その使命を終え、落ちて行く。

「ああ、私の作品が・・・・・」

嘆くリツコ。

マヤが説得に追われる。

「見てくださいミサトさん!釜の底が抜けますよ!」

下部半球部分を指す日向。

ぎりぎりぎりぎり・・・・・。

急激に膨張して行く。

限界に達するのは、時間の問題。

変化は、まず最下部で起こる。

一つの石が、膨圧に耐えかねた。

繋ぎ目を破り、こぼれ落ちる。

それがきっかけ。

同じ変化は周囲へと、即座に伝わる。

級数的に、加速される。

ジオフロントの底辺を支えて来た半球。

その役割は今、終わった。

数え切れないほどの破片が、雨のように下界に降り注ぐ。

安全なところまで離れる三機。

空を見上げる。

小さくなるジオフロント。

視界がぼやける。

「レイちゃん、いい子だったのに・・・・」

涙に暮れるマヤ。

すすり上げる声は、他からも聞こえる。

「滅びの言葉を使ったのね。あの子たちは馬鹿どもからジオフロントを守ったのよ」

見張り台での会話を回想する。

ここにいない二人を、精一杯誉める。

だが、思い切り叱ってもやりたい。

それであんたたちが死んじゃぁ、何にもならないでしょうが!

「ん!崩れが止まった・・・・」

青葉の指摘どおり、大きな崩落は静まったようだ。

「光球だ!飛びっきりでっかい奴だ!」

「昇って行きよる・・・」

ケンスケとトウジ、興奮して指差す。

そこには、樹の根に絡まった光球が見える。

「樹よ!あの樹がみんな持って行っちゃう!追うわよ!」

急に活気づくミサト。

フラップターを上昇させようとする。

しかし、限界高度を越えては上がらない。

「重い。みんな降りなさいよ」

「そんな無茶な」

追いつけないことは分かっている。

でもそうしていないと、涙をこらえ切れない気がする。

それに、あの子たちがあそこにいるような気もするし。

 

Scene-15 最高の再会

「綾波・・・・」

腕の中に眠る顔。

優しく呼びかける。

閉じられた瞼が、そっと開く。

「碇君・・・・」

生きてる?

どうして?

どうして生きてるの?

嬉しさよりも、驚きが先に立つ。

「まぁ・・・・・」

辺りを見て納得する。

「樹の根が、僕たちを守ってくれたんだよ」

大樹の根が、二人を守るように絡まる。

よかった・・・。

ありがとう・・・。

感謝の念を込め、上を見上げる二人。

「さ、これからどうしようか・・・・」

口調とは逆に、あまり困った様子はない。

とにかく、上へ上がろう。

おそらく、もう、戻れない。

なら、せめて最期はあの樹の下で迎えたい。

碇君と一緒に・・・。

同じことを考えるシンジ。

レイを抱きしめる腕に力を入れる。

とくん。

とくん。

しばらく、お互いの温もりを確かめ合う。

「行こう、上に」

「うん」

根を伝って、登って行く。

すると、どこかで見た物が絡まっている。

凧だ!

喜んで駆け寄る。

崩落の時に崩れたのが、こうして絡まっているのだ。

翼の具合を確かめる。

よかった。破れていない。

「ワイヤーを張れば大丈夫だ」

調整はすぐに終わる。

「行くよ」

操縦桿を握るレイ。

シンジは外から見張り台につかまり、根を蹴る。

弾みをつけて、宙に舞う凧。

シンジが操縦桿を握りなおし、ジオフロントを一周する。

名残惜しそうに見やる。

上の庭で、エヴァが歩いているのが見える。

お供えの花を持って。

リスを肩に遊ばせて。

いつもの通りに。

感慨深げに見つめる二人。

涙で前が見えなくなる。

ジオフロントを離れて行く凧。

小さくなって行く樹を、じっと見詰め続ける。

「何してるのよ!ちっとも登らないじゃない!」

「無理ですよ、こんなに乗ってるんですから」

ミサトたちの悪あがきは、まだ続く。

「あっ!」

ケンスケが何かを見つける。

凧だ!

「綾波だ!」

「あやなみや!」

「レイちゃんだ!」

「生きてた!」

「シンジ君だ!」

歓声を上げ、大喜びの一同。

ミサトも、ほころぶ顔を抑え切れない。

フラップターへと近づく凧。

「ミサトさん!」

凧から飛びつくレイ。

「よく生きてたわね。うれしいわ」

思いっきり、抱き締める。

レイが無事だった。

この吉報を体で感じるために。

「みんな、無事でした?」

凧の中から尋ねるシンジ。

顔ぶれは一人として、減ってはいない。

「無事なもんですか」

まだ拗ねたように言うリツコ。

「私の可愛い作品たちが・・・。よよよ・・・」

本気で嘆く。

慌てて宥めるマヤ。

「めそめそ言ってんじゃない。もっといい船つくりゃいいじゃないの!」

リツコを黙らせるミサト。

「可哀相に、恐かったでしょう・・・・」

更に力を入れて抱き締める。

「ミサトさん、痛い・・・・」

顔がすっかりふさがれている。

加えてしっかりと固定されてもいる。

だから、そう言うだけで精一杯。

「あっ。ごめーん」

力を緩める。

「はぁ・・・・・」

深く息を吐くレイ。

「情けないじゃないの」

誤魔化すかのように、胸元に手をやるミサト。

抜く手に握られているのは。

「散々苦労して、たったこれだけよ」

幾ばくかの宝石が握られている。

見ると、全員少しずつお宝を持っている。

「何しろ時間がなくってね」

脱出前にくすねていたらしい。

転んでも、只では起きない。

それが何ともおかしくて。

笑い出す海賊たち。

つられて笑い出すシンジとレイ。

生きている喜びを、改めてかみしめながら。

 

Scene-16 それから

「じゃぁね」

「気をつけてな」

「気ぃつけてな」

「気をつけてね」

二人に手を振るミサトたち。

夢見る時は終わり。

また、追いつ追われつの毎日が始まる。

「さようなら、ミサトさん、みなさん」

「さようなら、お元気で」

ミサトたちに手を振る二人。

ポケットには、お宝の分け前が収まっている。

要らないと固辞したが、どうしても持っていけと押し込まれた。

笑って、別れを告げる。

ミサトたちは東へ。

シンジたちは西へ。

「街だ!」

夕暮れの第三新東京市。

ずいぶん久しぶりの光景。

これから始まる元の日常。

でも、それまでとは違う。

明日からは、もっと素敵な日々になる。

綾波がいるから。

そう確信する。

そして、レイも。

同じ想いで、街の灯を見る。

[Fin]






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