…ジオフロントの一角に、あの人の畑がある。

そして今……、あの人の代わりにスイカの世話をする人…、……碇君。

…私は歩く。

碇君のいる場所へ。

……あの人との約束を…果たすために……。






今日もなっているスイカ。

当たり前だよね。

ここに盗む人はいないもの。

そんな余裕、今の人にはないし。



そばにある水道の蛇口をひねった。

みるみる僕の持つ如雨露が水でいっぱいになる。

これくらい汲んでおけば、すぐには無くならないかな。



畑の端に立つと、いろいろな大きさのスイカが見える。

なっている数は少ないけど、みんな加持さんの愛情を受けて育ったはず。

役不足かもしれないけど、これからは僕が君たちの世話をするからね。






スイカに水をあげている碇君。

集中しているみたいで、私が近づいていることに気づいていない。

少しずつ少しずつ近づく私。

そして声を出そうとした瞬間、気がついた。

碇君の持つ如雨露から水が出ていないことに。

そして、そのかわりに………、

碇君の瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちたことに。















Similarity   〜Episode 21.5〜



                                                       Written by Safety













そっと碇君の後ろに忍び寄る私。

そして頬を碇くんの肩にのせ、碇君のお腹にそっと手をまわした。


「え!!」

『ガラン、ゴロゴロ……。』


碇君の手から如雨露が落ちた。

すこし驚いたみたい。


「泣かないで、碇君。」

「あ、あれ、綾波、いつからいたの?」


手でゴシゴシと涙を拭う碇君。


「…さっき…。」

「…そう、ごめん、変なとこ見せちゃって。」

「……そんなことない。」


私は首を振った。

…碇君が涙を流す理由、私には分かるから…。


「…あ、あのさ、綾波。」


碇君の顔が赤くなってる。

なぜ?


「そ、その、離れてもらえる?」

「……あ、ごめんなさい。」


私、ずっと碇君に抱きついてるままだった。

私が離れると、碇君は小さく溜息をついた。


「綾波、どうして僕がここにいるって分かったの?」

「…それは……。」






●  ●  ●  ●  ●    ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●






《一週間前》




「よお。」


校門から出たレイを、誰かが呼び止めた

夕日が逆光になっていて、レイには誰なのか分からない。

手をかざすレイ。


「俺だよ、レイちゃん。」


しわしわのワイシャツによれ曲がったネクタイを身につけ、髪の毛を無造作に後ろで
束ねた男が、両手をポケット入れながら、電柱に寄り掛かっていた。


「……加持リョウジ………さん。」

「…おや、レイちゃんに“さん”付けで呼んでもらえるなんて、光栄だな。」


加持はあごひげを撫でながらニッコリと笑った。


(…え?)


その笑顔に頬を染めるレイ。


(…この人……、誰かに…似てる…。)


「どうしたんだい?」


レイの顔をのぞき込む加持。


「…いえ…、…なんでも…ない…です。」

「そうか。…ところでレイちゃん、ちょっとだけ時間をくれないかな?」






「ま、座って。」


加持はベンチの上を軽く手で払った。

腰を下ろすレイ。

加持は後ろポケットに両手を入れ、夕日を見つめた。


「…え〜と、何から話せばいいかな…。」


そのまま考え込む加持。

もちろんレイも黙ったままなので、場は静まり返る。


(…こんなに話しづらいとは、予想の範囲外だな、これは。)


すると、レイが地面を見つめたまま口をひらいた。


「…あなた…何をする気?」


レイの言葉に驚き、振り返る加持。


「別に、何もしないさ。」

「…嘘。」

「ほんとさ。」

「…ごまかさないで。」


レイは顔を上げると、真っ直ぐに加持を見つめた。


(まいったな、調子がくるっちまった。)


「どうして、嘘だと分かるんだい?」

「……それは…。」


痛いところをつかれ、黙り込むレイ。


「ま、君は俺の知らないことを色々知っているだろうし…。」


加持はレイの隣に腰を下ろした。


「でも、俺に教える気はないんだろう?」


怒るでもなく、叱るでもなく、むしろ嬉しそうな口調の加持。


「……あなたは…、」


俯きながら言葉をしぼり出すレイ。


「なんだい?」

「…知りすぎてしまった。」

「………。」

「……知らなくても、いいことまで。」


その言葉に、加持はふうっと息を吐き出した。


「…………確かにそうかもな。……でもな、レイちゃん…。」


ポリポリと頭を掻きながら加持は言葉を続けた。


「…俺も含めて、人はみな、ゆずれないものを持っているのさ。」

「…ゆずれない……もの…?」

「自分にとって、何者にも代え難いもののことだ。」


首を傾げるレイ。


「自分が一番大切にしているものさ、君にもきっとあるはずだ。」


レイの脳裏に一人の少年の姿が浮かぶ。


「そのために、俺は調べるだけだ。」

「……あなたにとって…、…ゆずれないものは…なに?」

「俺にとって?あんまり大声じゃ言えないんだけどな、聞きたいかい?」


無言のままレイは頷いた。


「じゃあ、教えよう、耳をかしてくれる?」

「……?」


加持の言葉に反応できないレイ。


「ダメかな?」

「…いえ、“耳をかす”ってどうすればいいか、分からないから…。」

「…なるほどな。“耳をかす”っていうのは、こういうふうに耳を近づけることを
いうんだ。」


そう言うと、加持は腕を伸ばしてレイの右肩に手をおくと、そのまま抱き寄せた。

加持の右腕の中にスッポリ収まるレイ。


「!!!???」


突然の事にレイは全身が固まってしまう。


「いいかい?」

(な、なにがいいの!?)


ゆっくりと加持の顔が近づく。


観念し瞳を閉じるレイ。


「ちょ、ちょっと、レイちゃん、何か勘違いしてないかい?」


(え?)


目をゆっくりあけると加持の呆れた表情が見えた。


「耳だけで十分さ。」


加持は両手でレイのほっぺたをそっとおさえて、レイの耳を自分の顔の方に向けた。


「じゃあ今度こそ教えよう。」


加持はレイの耳元で一言囁いた。





「分かったかい?俺のゆずれないもの。」

「…ええ。」

「だから、俺を止めることは誰にもできやしない。もちろん碇司令も含めてな。」

「…でも、あなたの行動はまわりの人を悲しませるだけ…。」


(……この子は、何もかもお見通しのようだな。)


「自分のすることに悔いはないさ、これまでも、そしてこれからも。」

「……でも…。」

「シンジ君のことかい?」


不安げに揺れている紅い瞳。


「そのことで君に頼みたいことがある。だから君をわざわざ待ってたんだ。」

「…頼み?」

「そうだ。」

「……なに?」

「君にシンジ君のそばにいてほしい。」

「え!?」

「ちょっと唐突かもしれないな。でも、君も知っているだろう、俺に残された時間
は僅かしかない。」

「…でも……。」


(…私にも、時間…ないもの…。)


「別にいつもそばにいてくれと言ってるわけじゃない。シンジ君の精神的な支えに
なってくれればいいのさ。」

「……精神…的?」

「それならそばにいなくてもできる。」

「…どうすればいいの?」

「いつも、シンジ君のことを想っていてほしい。」

「………。」


僅かに頬を赤らめるレイ。


「君に想われれば、俺が居なくてもシンジ君はきっと大丈夫だろう。」

「…そう?」

「もちろんさ、極端な話、自分の存在がこの世から消えても、想うことならできる、
そう、俺だって想い続けることができるさ。」


(……葛城三左の…こと?)


「頼まれてくれるかな?」

「…ええ。」


レイの言葉に安堵の表情を浮かべると、加持はポケットを探った。


「よし、これはそのお礼だ。」

「…なに?」


加持が取り出したのは、金色と銀色に輝く二つのネックレス。


「ネックレスさ、俺にはもう必要ないものだからな。」

「………。」


何が何だか分からないといった表情のレイ。


「これを君がつけるんだ。」

「…銀色。」

「そうだ、そしてこっちの金色のやつをシンジ君にあげるといい。」

「……。」

「後ろ向いてくれるかい?」


加持はレイに後ろを向かせると、銀色のネックレスを手際よくレイの首につけた。


「どうかな?」

「…よく分からない。」

「でも、君とシンジ君を結ぶ絆の一つにはなると思う。」

「絆?」

「人間にとってもっとも大切で、もっとも壊れやすいものさ。」

「……。」

「それをシンジ君に渡してほしい。」

「…なぜ?」


加持の瞳を真っ直ぐに見据えるレイ。


「なぜ、あなたは直接…碇君に渡さないの?」

「もし会ったら、名残惜しくなるだろう。」

「……。」

「それに会うと決心がにぶっちまうからな。」

「……そう。」


そのまま会話が途切れた。

加持はレイに、レイは加持に話したいことはあるのだが、二人とも言葉が声にならない。


「よいしょっと。」


時計を見ながらおもむろに立ち上がる加持。


「………さて、そろそろ時間だ。」


その声に顔を上げるレイ。


「…行ってしまうの?」

「そうだ。」

「…死ぬと、分かっていて?」

「……そうだ。」


一瞬加持は顔を歪ませた。

その表情を見てレイは理解した。


(…この人、私と同じ…。)


立ち上がるレイ。


「…私は、きっとあなたを忘れない…。」

「俺を?」

「…そう、この身がなくなってしまっても…。」

「……ありがとう、レイちゃん。」


(…この子も俺と…同じか…。)


腕を伸ばし優しくレイを抱きしめる加持。

さっきとは違って落ち着いていたレイは加持の温もりを感じることができた。


(…この匂い…、初めてなのに、なぜ、こんなに気持ちが安らぐの?)


この一瞬で、レイの心に一つの感情が芽生えていた。


「…行かないで。」

「え?」

「あなたに行って欲しくない。」

「……。」


レイは加持の背中に手をまわし、後ろでギュッと手を結んだ。


「そいつは無理だな。」

「行かせないわ。」


身体を強ばらせるレイ。


「分かった分かった、だから離してくれよ。」


両手を上げて、降参のポーズをする加持。


「行かない?」

「行かないさ。」


レイは身体を離し、じっと加持を見つめた。


「君にそこまで想われるなんて……、俺はほんとうに幸せものだ。」

「………。」

「もう一人、俺の想う人が増えたな。君のこともきっと忘れないよ。」


『シュッ!』


(え…………!?)


加持は目にもとまらぬ速さで、ポケットから取り出したスプレーをレイに吹きかけた。

気を失い、ベンチにもたれかかるレイ。


「さて、と。」


加持はレイを抱き抱えるとレイのマンションに向かって歩き出した。






(運命には逆らえないかもしれない。でも、精一杯…生きろよ…。)






●  ●  ●  ●  ●    ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●






「……そう、加持さんにあったんだ。」

「…ええ。」

「でもよかった。」

「え?」

「綾波が加持さんと知り合えて。」

「………。」

「一度、綾波にも加持さんと話をしてもらいたかったんだ。」

「…そう…。」

「でも、…加持さんはもういない。」

「……彼は心の中にいるわ、…私の心にも…、そして……碇君の心にも…。」

「………そうだね。」


碇君は辛そうだった。

でも…。


「…これ。」

「なに?」


私はポケットからあのネックレスを取り出した。


「…あの人が、碇君にって。」

「加持さんが?こんな高そうなものを僕に?」

「…そう、あの人からの贈り物…、もらってくれる?」

「…う、うん、大事にするよ。綾波も何かもらったの?」


私は身に着けていたネックレスを取り出した。


「綾波のは銀色なんだ、僕のは金色だね。」

「…ええ。」

「…ありがとう、綾波。」


碇君が優しく笑った。


「……あ…。」

「綾波、どうかした?」


一瞬、碇君とあの人の笑顔が重なった。


「…そうなのね。」

「なにが?」

「…碇君、あの人に似てる。」

「僕が加持さんに?」

「…ええ。」

「そうかな。」



…私にとってゆずれないもの……、……碇君の笑顔…。



「碇君?」

「なに、綾波。」

「…碇君にとってゆずれないものは何?」

「ゆずれないもの?」

「…ええ。」

「それって前に言ったことなかったかな?」

「ないわ。」


嘘、私は知っている。

でも、今その言葉を聞きたい。


「う〜ん、なんか恥ずかしいな。」

「…そっと教えてくれればいいわ。」

「そう?じゃあさ綾波、耳を貸してくれる。」


頭をひねる素振りをする私。


「どうすればいいの?」

「え、知らない?」

「…ええ。」


……嘘。

…あの時、あの人に教えてもらったくせに。

私、なにを期待しているの?


「こうすればいいんだよ、綾波。」


…そう言うと、…碇君は私を………………………………。










…………似てるのは……笑顔だけじゃ…ない……の…ね……。






                                    《完》








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