のみにけzakki帖 – ロボット(2)

春休み最後の週末。
明後日から新学期なんだなーなんて思いながら、クリーニングから戻ってきた制服をハンガーにかけると、サンダルをつっかけてポカポカと陽のあたる縁側に腰掛けた。
目の前の老桜からはらはらと舞い落ちる花びらの一つが風に舞い、私の頭上を掠めて開け放たれた部屋の中に入っていく。
花びらを追いかけてのけぞった私がそのままバタンと後ろに倒れると、ちょうど奥のふすまを開けてナナが入ってきた。
「カレンちゃん?」
小さなお盆に湯呑を二つ載せたまま、立ち止まってこっちを見るナナの姿を私は凝視した。

痛むたびに交換することなく短くし、今では眉の上で切りそろえた人造毛
お盆を持つ手に添えられた手の甲に見える人工皮膚の沢山の小さな傷
そして、他の人には絶対わからないだろう、目の周囲の経年による微細な皺

あぁ、ロボットも歳を取るんだな等と思って見ていると、ナナの頭上にぴょこんと出ている小さな耳がヒクヒクと動いている事に気づいた。思いっきり不自然に、しかも後ろ向きに倒れて目を見開いたまま動かない私を見て、ナナの手が次第に小刻みに震えだす。
後ろに隠れて見えないが、この様子では恐らくナナの尻尾はぶわっと膨らんでいるのだろう。
「カ……レンちゃん?」
マスターの不審死を目の前にしたナナの行動と言うものをもう少し見たい気もしたが、私が息を止めていられるのはこれまでだった。
「っぷぁわはぁ!」
「ひぃっ! ぃや、あわ……わ、わ、わ……」
唐突に息を吐いた私を見るとナナは小さな悲鳴を上げ、次に持っていたお盆を落としそうになり慌てて持ち直す。
お盆の中で二つの湯飲みが戯れるようにカチャカチャと鳴った。

「もう、本当に心配したんですから!」
縁側に座ってお茶を啜る私の横で、ナナが固焼煎餅を手に抗議した。
「いや、ごめんごめん。別に脅かす気はなかったんだけどさ。それに実際、倒れ込んだときにモロ頭を廊下に打ち付けて一瞬思考が止まったのも事実だし……」
「えぇぇぇ!大丈夫ですか? もう、気を付けてくださいよ。あ、おせんべ美味しいですよ」
煎餅を渡すナナの顔に、もう怒りの感情は残っていなかった。
いや、ナナはいつだって私に怒りの感情なんて見せたことが無かった。たとえそれが周囲からは怒りに見えたとしても、そこにあるのは私を慮る感情だ。
いつも、そう。
「どうしました? 私の顔に何かついていますか?」
煎餅から大福に手を伸ばしたナナの不思議そうな目に笑って首を振ると、私は庭の老木へ目をやった。
そして、頭の中にあの春の日がよみがえった。

薄いベージュで囲まれた窓のない部屋は、5歳の私に牢屋と言う単語を容易に連想させた。
「本当に宜しいのですね?」
「はい。全ての書類は既に厚生省と児童福祉省の監査を経て、本日法務省下で勤労者保護法と新育成法に合致する旨の確認と申請をし、受理されました。何処にも問題はありませんよ」
私の横に座る審議官と呼ばれる背広姿の男が答えると、目の前の白いテーブルを挟んで座る濃紺のスーツを着た女性は小さくため息を吐いた。
「カレンちゃん、お父さんとお母さんと一緒じゃなくて、だいじょうぶ?」
濃紺が念押しするように作られた笑顔で私に言うと、私は反射的に首を縦に振った。
あの家――つまり私がそれまで住んで居た所では、拒否は即ち苦痛を意味していた。口答えや反抗的行為は即座に体罰となり私の身体に刻まれる。いつしか、私は聞かれたことに対して肯定以外の選択を行えなくなっていた。
もっとも、仮にできたとしても私は首を横には振らなかっただろう。

父母は若かった。
ただ、私が物心ついてからも父親と名乗る人間は何度か変わったし、母親と名乗る人間も、いつも私を疎ましげに眺めては「こんなの邪魔なだけ」と足蹴にするような環境だったから正確な年齢は最後までわからずじまいだったけど、今思うと二十歳そこそこだったような気がする。
そしてこれは後になって分かった事だが、両親が何回目かに警察機関の世話になった際、私の親権をあっさりと放棄した。この頃出来た勤労者保護法によって、労働の妨げになるという理由を述べればその因子を排除することが可能になったためだ。つまり、私はこの親たちが更正を誓い釈放される代償として売られた訳だ。私から見たらあからさまな両親の涙と共に。
でもこれで、私は晴れて孤児となり、その時初めて正当に生きる権利を得た。
だから、この先何が有ろうとも生きた地獄に戻る選択は考えられなかった。

「では本法仮執行に当たり、現状の説明と今後の予定の報告を、当人及び管理教育体同席の元で確認及び……」
審議官の言葉に濃紺がちょっと待ってくださいと慌てて割入った。
「当人って、この子はまだ5歳ですよ」
「それがなにか?」
濃紺の声とは対照的に審議官の声はあくまで平坦だった。
「私の持っている資料によれば、年齢によって仮施行に至るプロセスを省略あるいは変更するという記述はありません。それとも貴女はこれらプロセスを随時変更できるだけの資格をお持ちなのですか?」
濃紺は何かを言おうと口を開きかけたが、わかりました、ではしばらくお待ちください。と言うと私達を残して部屋を出て行った。
静まり返った部屋には静寂だけが漂っていた。
私は生きているのか死んでいるのかわからない審議官の横で、ただ目の前の扉だけを無言で見つめていた。
その扉が再び開き、濃紺にお入りなさいと促されて入ってきたのが HUMANICAL INTERFACE STANDALONE SHELL TEST-TYPE #ALPHA+7――私の新しい家族、ナナだった。

(場合によっては……つづく)

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